クラーケン討伐 2
クラーケンは前世のタコさんが、もの凄く大きくなった姿だった。
茹でてないから体の色が赤くはないけど、ウネウネと動く8本の足の裏には大きな吸盤が付いてるのが見える。
あの吸盤のひとつひとつが、ぼくの体より大きい……。
神獣フェンリルの白銀も体を大きくして向かって行ったけど、クラーケンに比べると小さいかな……。
聖獣リヴァイアサンの瑠璃は長い体で悠々と海を泳ぎ、その体でクラーケンを囲んでいく。
しゃぼん玉もどきの中から見ていると、怪獣映画のようで現実感が全くない。
白銀が犬かきでクラーケンの足に近づいていくけど、攻撃はしないで足をじっくりと値踏みしてるみたい?
「しろがね……。たおしたあとに、えらべばいいのに……」
「レンのために、美味しい足が欲しいんだね。それよりも…あのクラーケンの様子が少しおかしいな」
兄様がコテリと首を傾げました。
「聖獣リヴァイアサンが神様に託された領域が海だと物語では語られているし、瑠璃様がそうだと肯定した。なのに……海に巣食うクラーケンの様子がその聖獣様を前にして変わらないなんて……」
兄様が言うには、クラーケンと瑠璃の力の差は馬鹿馬鹿しいほどにあって、その瑠璃から威嚇されたのに、攻撃体勢を崩さないクラーケンの態度があり得ない、そうだ。
これが白銀だけだったら、フェンリルの攻撃を受けたことがなければ、愚かにも戦おうと考えるかもしれないが、海の覇者であるリヴァイアサンに恭順の意を示さないのは、弱肉強食の魔獣の世界では考えられないんだって。
「ふーん。クラーケン、あたま、わりゅい?」
「あんまり知能は高くないかもしれないけど、実力はあるからね。あれを冒険者だけで倒そうとしたら高ランク魔獣討伐依頼になるから、Aランク冒険者が大勢必要になるレベルだよ」
「おおーっ。じゃあ、とうたまは?」
父様率いるブルーベル辺境伯騎士団ならどうだろう?
兄様は少し苦笑して答えてくれた。
「騎士団でも討伐は難しいね。でも、安心して。ブルーパドルの街には辺境伯の海軍があるよ。ただ、全軍投入して尚且つ、レイラ様と父様も加わらないと楽勝とはいかないね」
ううん?レイラ様は魔法攻撃が得意だから、海の魔獣相手にするのに必要だと思うけど、なんで父様?
「父様は、剣術だけでなく魔法も強いんだよ?ただ、魔法操作が壊滅的に下手なんだ……。でも海が戦場なら極大魔法打っても周りに被害が出ないから問題ないし……」
いや、あるよね?白銀の雷魔法より危ないよね?海のお魚さん死んじゃうよ?
「とうたま……きけん」
危ない危ない。
父様が魔法を使おうとしたら、止めよう!すぐ、止めよう!
「あ、瑠璃様が仕留めにいったね?きっとクラーケンが正気に戻るのを待っていたけど、ダメだったんだ」
「うわっ!」
瑠璃が体をクラーケンに巻き付けて、グイグイと締め上げていく。
クラーケンの足もひとつにまとめられ、丸い頭も瑠璃の体でひしゃげた形に変形していく。
「あっ……」
白銀がクラーケンの足のひとつを、根元からシャキーンと爪で切り落とす。
「あし……」
白銀の体より巨大な足を前足で抱えて、よたよたしながらこちらに泳いでくる。
「白銀。器用に尻尾で水を掻いて進んでいるね」
「うーん。かっこわりゅい」
「きゃっ」
プリシラお姉さんが可愛い悲鳴を上げる。
白銀とクラーケンの足で、タコ料理に意識を奪われていたわけじゃないよ?
瑠璃を中心に海流が生じて、渦のようになっていく。
その海流の影響で、しゃぼん玉もどきがクルクルと回りだした!
『れーん。まりょく、たりないーっ』
チロがぼくの手の甲にポテッと落ちてきた。
「あい」
どうぞ、どうぞ。
なんとなく指の先から魔力が、ちゅーと吸われていく感覚がする。
『ぷはっ。よし!しーるど、きょうかーっ』
チロの体がピカッと光って、しゃぼん玉もどきの中が薄っすらと光り出す。
「あっ、瑠璃様が止めを刺した」
ん?なんですと?
クラーケンに自分の体を巻きつけて自由を奪った後、渦を巻くほど海流の流れを激しくして、そしてその海流を幾つかの鋭い銛に変え、四方八方からクラーケンの体を串刺しにした。
じんわりとクラーケンの血が海に滲みだす。
ゆっくりと瑠璃の体がクラーケンから離れていくのと同時に、海流が徐々に落ち着いて元の静かな海に戻っていく。
「あれ?なに?」
ぼくは、クラーケンの方を指差して、兄様に問う。
クラーケンの体から黒い靄みたいなものが沸きだして、海に流されて消えていく。
「あれは……」
ぼく、あの黒い靄を見たことがある。
兄様の体を治したときに出てきた黒いのと、道化師みたいな人が吹いていた笛から溢れたもの。
あのクラーケンも、それと同じなの?
「戻ったら父様に報告しなきゃ」
「クラーケンのあし、たべれりゅかな?」
あんな黒い靄が入っていたクラーケンの足には、毒があるかもしれない。
しゃぼん玉もどきの防御膜にベターッとクラーケンの足を引っ付けて、満足そうに笑い尻尾をパタパタ振っている白銀を見て、ぼくは眉をへにょりと下げた。
ふむ。
若いクラーケンゆえに我慢が利かず、陸への好奇心で暴れていたかと思ったが、違ったようだ。
僅かに感じる、悪しき者の思念。
クラーケンを倒したことと、海流に水の上位精霊に頼んだ浄化の力を混ぜたことで、その悪しきモノは霧散したが……。
まあ、いい。
もう、このクラーケンに脅威は感じない。
レンがクラーケンを食べると聞いて、人魚王が興味を持っていたから、儂もこのクラーケンを土産に持って行ってやろう。
クラーケンの亡骸を収納魔法で仕舞うと、レンたちが待つしゃぼん玉へ体を泳ぎ進める。
なぜかレンたちを守る防御膜には、べったりとクラーケンの足がへばり付いている。
あやつは、何をやっているんだ?
「おい、白銀。クラーケンの足が邪魔だぞ?」
「運ぶの疲れたぁ。なあ、この足ごと陸まで運んでくれよ」
ん?何を言ってるんだ、こやつは?
「なんでそんな面倒なことを?収納魔法で仕舞えばよかろう」
「はあ?そんな器用な魔法は紫紺じゃないとできねぇよ。俺には無理!」
無理ではなかろう。お主は神獣だぞ?あの方が作られた最高峰のひとつの。
「白銀。お主ボケたか?収納魔法もだが、他属性の魔法も使えないのか?」
「俺ができるのは昔も今も雷魔法だぞ?まぁ……氷もちょっと使えるが……」
儂、口あーんぐりじゃ。
「ば、ばかなことをいうでない。お主は全属性の魔法を使える。その中で得意なのが雷と氷だったはずじゃ。確かに昔から魔法操作が雑だったから防御魔法とかは上手に扱えなかったが……」
白銀は変な顔をした。
儂の言うことが信じられないのか?もしかして……あの大戦のとき心身ともに傷ついた神獣聖獣は次々と深く長い眠りについた。
目が覚めたのは、バラバラの時期だったらしいが……、こやつは寝ている間に自分の能力を忘れてしまったとか?
いやいや、そんなバカな……。
儂、白銀の様子をそっと見る。
あ、このバカなら有り得るな。
儂、納得。
放っておいてもいいが、陸では白銀と紫紺にレンの守護を任せるしかない。
「白銀……。忘れてしまった能力を取り戻すために、一度あの方の元を訪れた方がいい。念のため紫紺も一緒にな。あの方の名残「神器」が奉納されている教会に行けば、道が通じるだろう……て、おい、どうした?急に震えだして?」
「お……俺、忘れてた」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「ちげーっ!能力のことじゃなくて、教会だよっ、教会っ!レンと合流できて人の街に行ったら、レンを連れて教会に行くようにあの方に命じられていたのに……忘れてた」
「それは……流石に、怒られるのう」
ヤバい!ヤバい!とまるで自分の尻尾にじゃれつく犬のように、その場でグルグルと回り始める。
やれやれ、儂は白銀の代わりにクラーケンの足を収納魔法で仕舞って、白銀の体を防御膜の中に尾で叩き入れる。
うるさいのじゃ。
とにかく、今度はレンたちの父が待つ陸に行かねば!
儂もレンの新しいお友達としてご挨拶しなけばならないし、守護する人魚族を苦しめた奴らに仕置きをせねばならない。
駄犬にかまってるヒマはないのじゃ!