海底宮殿 5
「名前?」
人魚族の皆さんが不思議そうな顔をして、ぼくを見る。
だって、レイラ様にこの子の名前を尋ねたら、「ないみたいなの…」て沈痛な表情で言うし、本人はなんだか兄様が怖いみたいで、ずっーと離れた所で膝を抱えて座っていたから、お名前のこと確認できなかったんだ。
「あ…、ないの……わたし。お母さんがわたしの名前はお父さんが付けてくれるからって……。お父さんが戻ってくるまでお預けって言われて……」
あの子は、眉をへにょりと八の字に下げてしまう。
「それは……難儀なことだな。小さき人魚よ、お前の父は生きているらしいが、いつ戻るかは分からん。それまで、名無しでいるのか?」
聖獣リヴァイアサンの問いに、答えられない。
そうだよねー、自分で名前付けるわけいかないし……。
お部屋の中の人が、みんなうーんって困っていると、ポニーテールのお兄さんが「あっ!」と声を上げた。
「そうだ、そうだ!昔ブランドンが子供に付けたい名前を教えてくれたことがあったよ。その名前を仮の名前として、あいつが戻ってきたら、改めて名付けしてもらえばいいよ!」
「それは、いいわね!あの子がいつ戻るか分からないもの。そうしましょ。で、どんな名前?」
「えっと……、君は女の子だから……。あ、そうそう、プリシラ!プリシラだよっ」
「そうか……。プリシラ・ベリーズ…君はブランドンの娘のプリシラ・ベリーズ。私たちの家族だよ」
「プ……プリシラ…」
プリシラと名前をもらったあの子は、嬉しさからか頬をバラ色に染めて、真っ直ぐな視線でベリーズ侯爵様たちを見つめる。
ぼくは、クルッと兄様の膝の上で反転して、兄様にぎゅっと抱き着いた。
「ふふふ」
「どうしたの?レン」
兄様がぎゅっと抱きしめて、ぼくの頭を撫でてくれる。
嬉しいの。
前世のぼくみたいに、体を縮めてじっと我慢してばかりだったあの子、プリシラに家族が出来たことが、嬉しいの。
ぼくが、この世界に来て、白銀と紫紺に出会えて、兄様たち家族に迎えられて……嬉しかったのと同じように。
少しベリーズ侯爵家の皆様に慣れてきたプリシラさんだけど、まだ大人の男の人には無意識に怯えてしまうので、お祖母様であるベリーズ侯爵夫人と王妃様に挟まれて座り、ベリーズ侯爵様とポニーテールの男の人は対面に座ったまま、ぎこちないながらも会話をしている。
もう少ししたら、ぼくたちは陸に戻らないといけないから、暫しの家族団欒ですね。
そして、こっちはこっちで問題です。
「先に、集落で待っている父様たちに連絡したいんだけど、どうしよう?」
「うーん。戻るのは儂がまた防御膜を張って、連れて行ってやるが……、陸地との連絡係を作るとなると、少々魔力を使うなぁ」
兄様と聖獣リヴァイアサンが難しい話をしていました。
ぼくと兄様と今はプリシラと名付けられたあの子は、「生贄」という物騒なワードで海に消えてしまったから、父様たちはもの凄く心配しているだろう、と。
そうだね、ぼく……また怒られちゃうのかな?父様に心配かけるつもりはなかったんだけど……。
とりあえず、ぼくたちが無事なこととプリシラのこと、聖獣リヴァイアサン様のことを父様に連絡しておかないと、いきなり海から聖獣リヴァイアサンが現れたら、クラーケンの騒ぎどころじゃないと兄様は焦っている。
「いいじゃねえかー。リヴァイアサンは俺たちを陸まで馬のように引っ張って海から出ることなく、帰れば」
白銀……その言い方はヒドイよ?
ぼくは、目を吊り上げて白銀を「めっ」と叱る。
「そういうわけにはいかないよ。それにあの集落の罰として、聖獣様には協力してほしいこともあるしね」
兄様はさっきから、人魚王様に用意してもらった、紙とペンでお手紙を書いている。
きっとその手紙には、父様に伝えなきゃいけないことと、その罰についても書いてあるんだろうな……。
いい笑顔の兄様が、ちょっと怖い……。
「フェンリルとレオノワールのどちらかが、妖精を連れて陸に戻るのが一番いい方法だな」
「「なんで?」」
「儂の防御膜に絶えず魔力を流すのに、フェンリルとレオノワール位の強さでないと、防御膜が持たんのだ。お前たちでは魔力の属性が合わんので、水妖精を介して魔力を流せば、陸に辿り着くまでは持つだろう」
うん、途中で防御膜が破けちゃったら大変だもんね。
そういうことならチルとチロも協力してくれるはず。
『『やだ』』
えーっ!!なんで?
『だって、ひゅーと、はなれちゃうもんそんなの、やだ』
チロの兄様愛が留まることを知らない。
『つまんなさそー』
はい、チルで決定!そんな理由は認めません!
ぶーぶー文句言ってたけど、「おやつあげないよ?」といったら、渋々頷きました!
あとは、白銀と紫紺なんだけど……。
「前回は俺が留守番だったろー!今度はお前の番だーっ!」
「なに言ってんのよーっ!能力が高い方がレンと一緒にいるって決まってんの!アンタに何ができるっていうのー!」
相変わらずボコボコにされています、白銀が。
「どっちでもいいが、こっちに残るならクラーケンの退治もするぞ。あいつら、ヌメヌメしていて生臭いからな、覚悟しておけよ」
しーん。
今度は、どっちが残るかで揉めだしちゃった……。
もう、早くしてよっ!
ぼくは、リヴァイアサンにどっちがクラーケンとの相性がいいか聞いたら、「うーむ、フェンリルの爪が有効かな?」とのこと。
はいはい、じゃあ白銀とチロはこっちで一緒、紫紺とチルが先に父様たちのところに戻って事情を説明してね!
「もう、行かれますか?聖獣様」
「ああ、騒がしくてすまなんだな、王よ。人魚の子は儂が陸まで連れて行くから安心いたせ。しかし、儂がこっちに居たせいか、海の奥にいたクラーケンが少々暴れている。ついでに退治していくが、揺れるかもしれん。防御膜をしっかり張っておけ」
「はっ」
あ、防御膜って海王国全体にも張ってあるんだ。
だから、海の中なのに息ができるんだね。
謎がひとつ解決しました!
海王国と外海を繋ぐ門まで、人魚王様と王妃様、ベリーズ侯爵家のみなさんに見送られて、またまたしゃぼん玉もどきの中に入って海へ。
聖獣リヴァイアサンは本性に戻り、海の底から上へ上へと上昇していく。
ポコッと海の割れ目、海溝から脱出すると、しゃぼん玉もどきはふたつに分かれる。
紫紺とチルは不満そうな顔でぼくを見ているけど、ぼくは笑顔で手を振っておいた。
遠ざかる紫紺たちを見送ると、ぼくたちはクラーケン退治だ!
「んゆ?にいたま?プリシラ?」
ふたりが座り込んで動かないよ?寝ちゃったの?
「しろがね?」
えーっ!白銀までヘソ天で寝ちゃってるぅ?
「どうちたの?」
「心配するな……儂が少し眠らせたのだ」
「リヴァーシャン……リバアイサン?」
「ふふ。邪魔されずにレンと話したかったのだ。許せ」
その言葉とともに、しゃぼん玉もどきの防御膜の中にリヴァイアサンが人化して現れた。
ぼくとお話しって……なんだろう?





