海底宮殿 3
人魚王様が、ゆったりと対面のソファに座りました。
人魚王様は、今は人型になられています。
だから、鱗の色は分からないんだけど、髪の色は明るいアクアマリンで瞳の色はターコイズブルーで、海の色ですね。
王様って聞くと、立派なお髭を生やしたお爺さんのイメージだけど、人魚王様はまだ若いみたい?
んー、お祖父様より少し若いのかな?
その王様の隣に楚々として座った綺麗な人魚族さんは、王妃様なんだって!
王妃様は、長い波打つロイヤルブルー色の髪を結いあげて、ミントブルー色の瞳を優し気に煌めかせていた。
わあーっ、ふたり揃うと有名な画家さんが描いた絵画みたいだーっ。
うっとりしていたぼくは、兄様に促されて部屋の隅に移動しようとして……捕まった。
ここからは、あの子の血縁者探しなので、ぼくと兄様と白銀と紫紺は部外者になるから、難しいお話が終わるまで大人しく部屋の隅で時間を潰していようね、と思ったんだけど…。
ひとり掛けのソファから、人魚王様たちと対面のソファに座り直したあの子の手が、ぼくの服の裾をしっかり掴んでいる。
「にいたま……」
兄様もぼくの服とあの子の顔を何度も見比べて、小さく息を吐いた。
「レン、抱っこしてあげる」
ひょいとぼくを抱き上げて、あの子の隣に兄様が座る。
反対隣には人型になった聖獣リヴァイアサンが座っている。
白銀と紫紺は兄様の足元に、狛犬のように陣取る。
チルとチロは、ずっと出されたお菓子を食べてるよ……いいな、気楽で。
人魚王様たちはさっきは気づいてなかったみたいだけど、今はチルとチロという妖精の存在に気づいて、こしょこしょと内緒話をし出す。
「なんで、海王国に水妖精が?」
「大丈夫なのかしら、あの子たちに海王国の環境は厳しいのでは?」
人魚王様夫婦が、じぃっと物問いたげな視線を聖獣リヴァイアサンに送っている。
「ん?なんじゃ?」
「そのう、その子らはまだ妖精位だと思うのですが……このような海底近くに来て大丈夫なのでしょうか?」
その子らと指差されたチルとチロを見て、聖獣様は笑います。
「ははは!大丈夫じゃ。この妖精たちは契約妖精じゃから、本来、精霊位でなくては耐えられない海王国に居ても、なんの障害もなく過ごせるのよ」
「契約妖精…、聖獣様が連れてこられたこの子と契約を?」
人魚王様があの子を見て話すけど、聖獣様はぼくと兄様を差して「この者たちだ」と教えてあげた。
「んゆ?」
なんか、人魚王様たちが凄く驚いているけど、なんでしょうか?
「本当は、僕たちじゃ妖精と契約はできないんだよ。人魚王様は人魚との混血児だったら水妖精と契約できるかもって思ったから納得したけど、ただの人族の僕たちがチルたちと契約しているのに、驚いたんだ」
兄様が詳しく教えてくれた。
そういえば、水の精霊王様もそんなこと言ってたような…。
「王よ……、妖精たちのことは後にしてください。今は、この子が私の息子の子なのかどうか……」
「おお、そうだった。すまんな。聖獣様、この子の血縁者と思えるのは、こやつ、海王国のベリーズ侯爵です。その子の髪はエメラルドグリーン。人魚族の中でもその色を身に纏うものは、ベリーズ侯爵家の者のみ。聞けば、ベリーズ侯爵の息子が陸に上がったままで、海に戻ってきていないらしいのです」
「その者の息子が、この小さき人魚の父親だというのか?」
ぼくは人魚王様が血縁者の証とした髪の色を見比べてみた。
ベリーズ侯爵様は年のせいか、ちょっと白いものも混じっているけど、深くて美しい海の色、エメラルドグリーンだ。
そしてあの集落で、人魚族の生き残りとして虐められていたこの子の髪は、太陽に光にキラキラ輝く海の色、エメラルドグリーン。濃淡の違いはあれど、同じ色。
「にいたま。おんなじ」
ぼくはそのことが嬉しくて、にへらっと笑って兄様に告げると、兄様もぼくの頭を撫でながら、
「そうだね。おふたりとも同じ髪の色だね」
と、同意してくれた。
クンッとぼくの体が引っ張られる。
「んゆ?」
あの子が、ぼくの服の裾を、さらにぎゅっと強く掴んでいた。
信じられない……。
王宮でいつものように仕事をしていた。
ベリーズ侯爵としての仕事と、宰相としての仕事と、いつもながら休む暇もないほどに忙しい。
人魚王とは幼い頃からの友人関係でもあるが、もう少し真面目に仕事するように、今度会ったら締上げておこう。
ついでに、人員も補充してもらわんと、私が過労死してしまう。
そこへ、人魚王本人直々からの呼び出し。
あいつは……、仕事の邪魔をするとは私に恨みでもあるのか!
イライラしながら呼ばれた王の執務室に赴くと、満面笑顔の奴が頭のおかしいことを言い出した!
「コリン!見つけたぞ!ブランドンに繋がる者が現れた!」
ガックンガックンと私の両肩を掴み、前後に激しく揺さぶる王……、痛いんだが……。
私は幼馴染に許された不敬で、ペイッと王の両腕を払い除ける。
「何を言い出したかと思えば、ブランドンについては私のほうでも探しているが、ここ10年、まったく消息が掴めないんだぞ?いったい何を見つけたというんだ?」
掴まれた肩を手で払いながら、執務室に置かれたソファに勝手に座る。
王も慌てて向かいのソファに座り、子供のように目を輝かして言った。
「娘だ!人族との混血児だと思う。聖獣様が血縁者を探しに先ほど宮殿に訪ねて来られた!」
「はあ?娘?ブランドンと何の関係があるんだ?聖獣様がブランドンの子だとでも言ったのか?」
「違う!違う!ベリーズ侯爵家の色を持っている!その娘の髪はお前とブランドンと同じエメラルドグリーンだった!」
ベリーズ侯爵家の色は、エメラルドグリーン。
直系の者は必ずエメラルドグリーンの色を持っている。
人魚王一族と古参の貴族の家は、それぞれを家を示す色を持っている。
それは、髪の色だったり目の色だったり鱗の色だったり。
我らベリーズ侯爵家の色は、髪の色に現れやすい。
私もそうだし、息子のブランドンも髪の色がエメラルドグリーンだった。
「その娘は……今どこに?」
「案内しよう。聖獣様と一緒に別室でお前を待っている」
夢の中にいるようなふわふわした気持ちで、奴と一緒に、途中合流したやっぱり私とも幼馴染の王妃と共に、部屋へ向かう。
扉を開けて、中に人化した聖獣様の姿と、人族の男の子たち、何故か子犬と子猫。
そして、椅子に小さく身を丸めて座る女の子……、髪の色はエメラルドグリーン。
信じられない……。
「ベリーズ侯爵コリンの息子、ブランドンは変わり者でなー。人魚たちが陸に残した遺跡収集が好きで、10年位前に陸に上がったまま連絡が付かず、いわゆる消息不明なのだ……」
ベリーズ侯爵様は、人魚王様の話も聞かず、ずっとあの子を見ている。
でもあの子は顔を俯けたまま、誰の顔も見ようとしない。
「死んでいないのは、本人に持たせた魔道具で分かるのだが、手紙ひとつ届かないので心配していたのだ。なあ、コリン!最後の手紙には人族の女性と結婚したいと書かれていたよな?」
「えっ?あぁ?ああ……、そうだな。遺跡発掘の冒険者パーティーを組んで活動していたようだが、ある遺跡の町の娘に惚れて、結婚したいと綴ってきた。許すも許さないも伝える前に行方が分からなくなった。同じパーティーのメンバーに尋ねても行方は分からないと言うし……」
そう話している間も、ずうーっとあの子を見ています。
ちょっと怖い。
ぼくは思わず兄様のシャツをぎゅっと握ってしまった。
「他には何も書いてなかったのか?」
「……子供ができたから結婚する、と。その女性の名前は……、ナタリア」
バッと俯けた顔を上げたあの子の目は、驚きで真ん丸に見開かれていた。