海底宮殿 ~嫌われ人魚姫の運命の日~
わたしは、急に訪ねて来たレイラ様たちが「また、あとで」と、粗末なわたしの家から出て行ったあと、ずっと隅で座っていた。
レイラ様のおかげで水甕の水を入れ替えることができた、よかった。
一緒に来ていたのが、いつものシスターじゃなくて大人の男の人と男の子でとっても怖かったけど、小さな不思議な生き物を見ることができた。
今日は、いい日かもしれないと気持ちが浮上しかけたのに、集落のおじさんたちに縄で縛られて無理やり舟に乗せられて、海へと放り投げられた。
「生贄」
人魚族の生き残りだから集落の人たち全員から無視されて、怒鳴られて、叩かれたりして、悲しいことばかりだったわたしの最後は、この集落のために生贄になること。
嫌だ!誰か助けて!
そう、叫びたかったけど……、誰も助けてはくれない。
もう、いい。
母さんと同じところに行きたい。
ぶくぶく。
水の中、沈んでいくわたしの体。
海面がキラキラと輝いているのが見える。
手を伸ばすこともできない、わたしの体。
全て諦めて静かに目を閉じる間際、小さな手が見えた。
助けようと伸ばされる、小さな手のひらが……。
パチッと目が覚めた。
なんで?ああ…誰かが五月蠅く騒いでいたからだ。
違う、違う……、なんでわたしは目を覚ましたの?
海に沈んで死んでしまったのではないの?
はっ!
もしかして、生贄として…クラーケンの巣穴にでも連れてこられたの?
でも……息ができるみたい。
吸ってー吐いてー、ほら、できる。
?
何が起きているの?
体を起こそうと地面に手を付くと、ぽよんとした感触。
ぽよんっと凭れている背中からも、弾む感触。
キョロキョロと周りを見回すと、海の中に居た。
深いところまで沈んだのか暗い海の中、しゃぼん玉みたいな透明な膜の中にわたしは居る。
わたしだけじゃなかった。
こちらを窺うように見ている…男の子。
あの子はレイラ様と一緒に小屋に来た男の子と…もっと幼い男の子。
あと……子犬と子猫?
男の子に促されて、小さな男の子がこちらに来る。
「……だいじょーぶ?」
コテンと首を傾げて、わたしを心配してくれる。
かわいい…。
わたしは、小さく頷いてみせた。
途端に、ほっとした顔で笑う。
「ぼくね、レンでしゅ。こっちはしろがね。こっちはしこん」
レンといった男の子の両隣に「しろがね」と呼ばれた子犬と、「しこん」と呼ばれた子猫が、行儀よくお座りして「ワン」「ニャー」とわたしに挨拶?する。
でも、わたしは知っている。
この愛らしく見える小動物は、さっきまで……喋っていたのだ!
ひぃーっ、怖い。
子犬や子猫が喋るはずがない!こんなに愛らしくても、ただの子犬と子猫じゃないんだわっ。
たぶん、この子たちは魔獣の子供だ。
わたしは、自分の貧相な体をぽよんぽよんの膜にさらに寄せて、小さく縮めた。
とことこと、しろがねと呼ばれた子犬に擬態した魔獣が近寄ってきて「キューン」と鳴いてみせる。
ひぃーっ、怖い、怖い!
「こ、こないでぇーっ」
わたしは、自分の体を守るように抱きしめて叫んだ。
ビクッとそれは近づくのを止めて、すごすごとレンという子の元へ戻っていく。
ほーっ、よかった……、齧られるかと思った。
チラチラとこちらを気にしながらレンという子は、もうひとりの男の子のところへ。
舌ったらずに「にいたま」と呼んでいるのが、かわいい。
あのふたりは兄弟なのか……。
ふたりと小さい魔獣たちを気にしながら膝を抱えて座っていると、ふよふよとこちらに飛んでくるなにか?
『れんが、たのむから、いっしょに、いてやるー』
『ひゅーと、いっしょに、いたかったのに』
……小さくて不思議な生き物が再びわたしの目の前に!しかも喋っている!
い、いったい、わたしに何か起きているの?どうなっているの?
目を白黒としていると、あの子の兄の方がわたしに話しかけてくる。
「今から人魚たちがいる所に行くんだ。そこで君を知っている人がいるか探そうと思う。そのあとに地上に一緒に戻るから、付き合ってほしい」
……人魚?
え?
人魚って滅んだって…、だからわたしが最後の生き残りで…、集落の人たちは人魚の守護者からの報復を恐れていて、わたしを海に帰そうとしていて……、あれ?
わたしを知っている人がいるの?
人魚の中に?
わたしは本当に人魚族の血を引いているの?
母さんは人族だったわ。
じゃあ、父さん?
それより…この子たち、人魚王のいる海王国に行くって話してるんだけど?嘘でしょ?わたし…人魚王様に会うの?
へ?このしゃぼん玉もどきを作って動かしているのは、聖獣様?
人魚族の守護者、聖獣リヴァイアサン?
……。
わたしは、もう一度軽く気を失ってしまったようだ…。
そして、気が付くと……、いや、意識はあったけど…夢みたいで、なんか……ふわふわしてた。
聖獣様が人魚に変身してたり、本当に人魚たちが生きていたこととか、海王国があったこととか、とにかく、信じられないことばかりで……。
今、目の前に人魚王様がデーンと座っているのも……信じられないの……。