海底宮殿 1
人魚王が治める海王国へ向けて、しゃぼん玉もどきで移動中です。
クルンとリヴァイアサンのヒレ?尾っぽ?に巻かれて、高速で深海を泳いで移動しているの。
ときどき、大きな魚とすれ違うドキドキ海中ツアーを楽しんでるよ、兄様と。
白銀と紫紺もお座りして、海の中を興味津々で見ています。
ぼくたちと離れて、しゃぼん玉もどきの端の端に、目が覚めたあの子が膝を抱えて座ってます……。
ぼくたちが騒ぎすぎたのか、あのあとすぐに目が覚めたあの子は、大パニック!
そ、そうだよね…、家の中におじさんたちが無遠慮に入ってきて、自分を縄でぐるぐる巻きにして、海に連れ出して、放り投げられて、ぶくぶく海に沈んだのに。
気が付いたら海の中、しゃぼん玉もどきに包まれて、知らない人たちと一緒に高速で移動してたら、びっくりするもんね……。
しかも、人に危害を加えられていたせいで人間不信気味の子が、逃げられない状態でぼくたちと同じ空間にいるのは、恐怖だよねぇ。
アニマルセラピーになるかな?と怯えるあの子に白銀と紫紺を紹介してみたけど、ダメだった。
白銀まで気を遣って、キチンとお座りして「キューン」と可愛く鳴いたのに……。
「こないでぇーっ」と叫ばれた白銀、ちょっと落ち込んでしまった。
兄様がとっても優しい声で、
「今から人魚たちがいる所に行くんだ。そこで君を知っている人がいるか探そうと思う。そのあとに地上に一緒に戻るから、付き合ってほしい」
と伝えた。
……、無視されたけど……。
でもひとりで放っておくこともできないし…と困っていたんだけど、どうやらあの子は水妖精であるチルとチロの姿が見えるっぽい。
こっそり盗み見ているのを、ぼくは気づいてしまった!
なので、チルにお願いしてあの子に寄り添ってもらってます。
チロ?
チロもあの子の近くをふよふよ飛んでいるよ?
なんか、兄様に頼まれて嫌々だからか、超絶不機嫌な顔をしているけど…。
「そろそろ、入り口が見えてきたぞ」
リヴァイアサンの言葉に、ぼくはしゃぼん玉もどきの中から、暗い海の先を目を凝らしてみる。
どこまでも続く海の中……、いつのまにか海底が見える深さまで降りてきていたみたい。
その海底に大きな割れ目が…、雪山のクレバスみたいな地割れがある。
リヴァイアサンはその割れ目に大きな体を滑り込ませたのか、ぼくたちのしゃぼん玉もどきもその割れ目に吸い込まれてしまう。
「わあわああああっ」
真っ暗……。
ゴボゴボと泡が上に昇っていく……。
怖くて兄様に抱き着いて、目をギュッと強く瞑る。
「大丈夫だよ、レン。ほら、見てごらん」
兄様の声に、勇気を出して目をそっと開けて……。
「うわああぁぁっ」
目に飛び込んでくる、眩い光と色彩鮮やかな建造物…て、岩?サンゴ礁?貝?海王国って…すごく賑やかなところだった!
海王国の入国する際には、厳つい人魚兵士が守る門を通らないといけない。
目の前で、ガツーンとふたりの屈強な兵士が掲げる銛が交差される。
「儂の客じゃ。通してくれ」
リヴァイアサンの声。
あれ?どこにいるの?
いつのまにか、しゃぼん玉もどきの側にひとりの麗しい人魚が立っていた。
え?誰?
深い緑色の髪をゆるく三つ編みにして左胸に垂らしている男の人。
嫋やかに見えながら、がっしりと鍛えられた体。
瞳は海の色。穏やかで静かな海の青。
「これは、聖獣様!失礼しました。どうぞ、お通りください」
サッと交差していた銛が引かれて、門を通るように促される。
「リヴァ……アイしゃん?ん?リバーイアサン?んゆ?」
「レンには儂の名は難しいか。おじさんでもいいぞ」
こちらを見て、ふふふと優しく笑う聖獣リヴァイアサン。
ぼくのお口では正しく呼べません…、ごめんなさい。
「……人魚化?人化じゃなくて?」
「人化もできるが、ここでは人魚化するほうが便利じゃろ」
スイスイと泳ぐ、人魚姿のリヴァイアサン。
ぼくと兄様は、右見てため息、左見てため息。
ここは、一般国民が住まう町らしい。
大きな崖のような岩にいくつもくりぬかれた穴は、人魚の住居でアパートみたいなかんじ。
大きな貝や岩づくりの建物もあるし、お店っぽいものもある。
人魚のヒレは青系の色だけでなく、本当に多彩。
大人の人魚もいれば子供の人魚もいるし、普通に魚も泳いでる。
目に入るもの全部が珍しくて、ついついあちこちキョロキョロ見てしまう。
兄様も同じ気持ちなのか、ぼくと同じようにキョロキョロしている。
「その子の親探しは、人魚王に頼むか」
「えっ!?」
「なんじゃ?早いほうがいいんじゃろう?レンたちは陸に心配している親がいると、言ってたし」
「そうですけど……、急に王様に謁見するなんて、しかも極々私事で?よろしいのですか?」
リヴァイアサンは、ハハハと笑って「かまわない」という。
そうだね……、人魚王様より聖獣様のほうが偉いんだと思う。
そうして、ぼくたちは人魚王が住まう、海底宮殿へと向かうことにした。
え?あの子はどうしたって?
うーん、相変わらず膝を抱えて蹲っているよ……。
困ったなぁ。
あの子を知っている人魚さんが居てくれるといいんだけど……、だってあの子……自分の名前を知らないっていうんだよ?
困ったなぁ……。