海の覇者 3
ぶくぶく……。
水の中、海の中、深く深く、ぶくぶく……。
あれ?ちがう?
なんか、ふよふよ……じゃない、ふわふわ……でもない、ううーん……。
「あ、ぽよんぽよん!」
パチッと目が覚めた。
あれ?
ぼく、海に落ちてぶくぶくと沈んでいったよね?
息が続かなくて、ガボッと体中の空気も吐き出しちゃって、苦しくて、あの子にも手が届かなくて、気を失ったはず……なんだけど?
上を見て、右見て、左見て、足元を見て……、うん、ここ海の中だね!
「でも……いき、できりゅ?」
こてんと首を傾げて考えてみる。
呼吸はできるし、喋れるし……、海の中で真っ直ぐ立つこともできる。
周りは、ぽよんぽよんとした何かに覆われているみたい。
そっと、触ると弾力のある……、まるでしゃぼん玉のような……まぁるい球体の中にいる、ぼく。
「んゆ?」
「くくく、気が付いたか?小さき者よ」
「!!だぁれ?」
とっても低くて渋い男の人の声が、聞こえた?
でも、どこにいるの?
このしゃぼん玉もどきの中には、ぼくしかいない……、あ、白銀と紫紺もいた!
「しろがね!しこん!」
嬉しくて駆け寄って小さいふたりを抱きしめるけど、ふたりはなんだか痛い?難しい?嫌いな物を食べたような顔をしているよ?
「レン、目が覚めたんだな。あー、早く帰ろうか……」
「そうね、早く帰りましょ。こんなところにいつまでも居られないわ」
「こんなところとは、ひどいのぅ。久しぶりなのに、つれないことだ……」
姿が見えない誰かが、ぼくたちに話しかけてくる。
白銀と紫紺の顔は、増々酷く歪んでいくんだけど……。
「おじしゃん、だぁれ?」
「ん?儂か?儂はそこのふたりと同じようなモンだ。小さき者たちのことを助けるよう、あの方から頼まれてな。しかし、昔馴染みに会えるとは、珍しいことよ」
「俺……会いたくなかった」
「アタシだって」
「仕方なかろう、お前たちじゃ、海の中で人の子を助けることができんのじゃから」
おじさんの言葉に、白銀と紫紺がズウゥーンと落ち込む。
ご、ごめんね、ぼくが海に落ちちゃったから……。
2人の背中をなでなでして、ぼくはおじさんにお礼を言った。
「たすけてくれて、ありがとごじゃーましゅ」
ペコリ。
「うむうむ。無事のようで良かったのぅ。ほれ、そことそこに連れもいるぞ」
はて?連れとは?
あ、あの子かな?
暗い海の中を目を凝らして、よく見てみる。
うーん、頭上を大きな魚が悠々と泳いでいるけど、あ、すぐ横にもうひとつ大きなしゃぼん玉もどきがある。
その中には、縄で体を縛られたままぐったり横たわるあの子。
「レン、あっち」
紫紺の鼻が指し示す方を見れば、やっぱり別の大きなしゃぼんもどきがあって、その中には、
「にいたま?」
片膝を付いて慎重に周りを窺う兄様と、何故かチルとチロが喧嘩をしていた。
あれ?なんで兄様がここにいるの?
ぼくは、ぽよんぽよんと弾むしゃぼん玉もどきの中を、とてとてと歩いて、兄様のいるしゃぼん玉もどきへ近づく。
「ん?中を繋ぐか?」
おじさんがそう言うと、しゃぼん玉もどきがそれぞれくっついて、大きなしゃぼん玉もどきがひとつになりました。
「にいたまー!」
とてとてと歩いて、ポスンと兄様の胸に飛びこむ。
「レン!心配したよー。よかった、無事だったんだね?怪我してないね?」
「うん、だいじょーぶ。にいたま……なんで?」
なんで、海の中にいるの?
集落の子供たちと遊んでいたんじゃないの?
どうして、チルとチロたち喧嘩している……まあ、一方的にチルがボコスカ殴られているんだけど。
「レンが舟に乗って海に入ったって聞いて、追いかけてきたんだよ。海に落ちたときは心臓が止まるほど驚いたよ」
あー、それで兄様はぼくを助けようと、海に飛び込んだのかな?自分も泳げないのに?
迷惑かけてごめんなさい……。
「ごめんしゃーい、にいたま」
へにょりと下がった眉と口を見て、ぼくの頭を撫でながら、
「もう、危ないことしちゃダメだよ」
と、窘められた。
兄様は、ぼくのことを言えないと思うけど、悪いのはぼくだから大人しく頷きました。
その後、兄様とあの子の縄をほどいて、しゃぼん玉もどきに凭れるように座らせてあげた。
「この子、人魚族の生き残りらしいけど、泳げるのかな?」
「にいたま、しばられたら、むり」
あははは、そうだね、と笑う兄様。
さて、この海の中から、どうやって父様たちのところに戻ろうか。
そして、チラッと白銀と紫紺を見る。
ふたりは姿が見えない昔馴染みのおじさんと言い合いをしている?っぽい。
兄様も気になるのか、
「白銀と紫紺は誰と話しているの?」
「うーん、むかしなじみ?」
「え、それって神獣様か聖獣様?」
そうだよね?そうなるよね?
でも仲が悪いのはなんでだろう?
「んー、海に関係する神獣と聖獣といえば……。あ、人魚族の守護者で考えれば、あの聖獣様かな?」
「だぁれ?」
ぼくは兄様の服の袖を掴んで、グイグイと引っ張る。
「聖獣リヴァイアサン。太古から同じ海に住まう人魚族を守護する聖獣様だよ」
聖獣リヴァイアさん?リヴァイアサンさん?
んー、どんな聖獣なんだろう?
ぼくは、新しい出会いに、海深い地であることも忘れてワクワクしてきた。
「だーかーらー、もうアタシたちでなんとかするから、かーえーれー!」
「もう、会うこともないだろうな!はいはい、じゃあな!バイバイ、さ・よ・う・な・ら!」
「つれないのぅ。そんなに邪険にせんでもいいじゃろう。あの子はあの方が保護を求めた異世界のあの子じゃろう?少し話してみたいんじゃが……」
「「はやく、帰れ!ジジイ!」」