海の覇者 2
えっ!?
なに?なに?なにが、なに?
飲んでたお茶を噴いたよっ、ブーッて。
ど、ど、ど、どうしよう!あたふた、あたふた、あーっ、どうしようっ!
あ、そうだ!あの子に助けてもらおう、そうしよう。
僕はすぐに水鏡を使って、あの子を呼び出した。
ブクブク。
どんどん沈んでいく、ぼくとあの子。
手を伸ばすけど、届かない。
海の色が濃くなって、暗くなっていく。
ううっ、苦しいぃよぅ。
ガボォッ…。
慌てて口を両手で押さえたけど、ボコボコと空気が泡になって昇っていく。
ああ…、肺の中の空気が…出てしまった…みたい。
もう…、ぼく……だめかも……。
海の色と同化するように、ぼくの意識も暗くなって、闇に落ちて行った。
ひととおり、集落の子供たちと接してみて集めた情報を、頭の中で精査していく。
集落の長の子供から、あの小屋に居た女の子の涙が真珠に変わったときの話を直接聞くことができた。
あの女の子、人魚族の生き残りとして、集落から仲間外れにされていただけじゃなくて、暴力を受けていた少女。
酷く痩せていて体が小さく見えたけど、僕より少し年下ぐらいかな?
僕と父様を見て、自分の体を守るように縮めた彼女の態度は、僕の愛しい弟とそっくりだった。
僕の弟。
かわいい、かわいい、かわいい弟のレン。
父様たちには話していないけど、僕の家に引き取られたばかりの頃、同じベッドで寝ていると、レンは毎晩魘されいた。
体を丸めて、両腕で頭を庇う姿勢で、ぐすぐすと洟を鳴らして泣きながら、「ママ、ごめんなしゃい」と謝っていた、レン。
レンは、ハーヴェイの森に神獣と聖獣に守られてはいたが、子供ひとりで彷徨っていたらしい。
父様は「捨て子」だろうと言っていたけれど、暴力を振るう酷い親から逃げてきたのかもしれない。
だから、弟は僕が守ってあげなきゃ!
幸い、足の怪我?呪い?とにかく、体が治って、剣の稽古もできるようになったし、もっともっと体を鍛えて強くならなきゃ!
でも、アースホープ領での事件のときに感じたけど、ただ強さだけが必要だったら、レンには神獣フェンリルと聖獣レオノワールの守護がある。
別に僕じゃなくても、レンは守られているよね……。
だから、別の強さも身に付けようと考えた。
まぁ、ハーバード叔父様の請け売りになるけど……、父様が苦手とする方向の強さだけど、僕は頑張る!可愛い弟のレンを守るためだもの。
そして、まず今回は情報集めとして子供同士のお喋りから、いろいろと有益な話を仕入れることにした。
あの女の子の涙が真珠に変わった話は、集落のみんなが知っていて、人魚族の生き残りだと信じていること。
人魚族の生き残りだからって、差別する行為はどうかと思うけど、集落全体が人魚族に対して忌避する気持ち?があるらしい。
よく、理解できないけど……、彼らの出身でもある隣国ではそうなのかな?
それとは別に、隣国のスパイらしき住人がいること。
これは、父様やほかの騎士たちも気づいているみたいだから、放っておく。
集落の住人のほとんどが、隣国では訳ありで、残念ながら善人ではなさそうだ……。
例えば、集落の長は隣国では大商会の会頭だったが、ご禁制の品を扱い捕縛されるところを逃げてきたらしい。
しかも、たんまりお金を持って…。
なのに、僕たちの国に保護してもらおうって、図々しいよね?
あと、子供になんでも話すのは、止めたほうがいいと思う……。
内緒だよ?と言いながら長の子供は、初対面の僕にベラベラ喋ってたから……。
んー、やっぱりこの集落は今までどおり、最低限の人道的支援に留めておくべきだね。
あの人魚族の生き残りとされる女の子だけ、保護すればいいと思う。
最近、レンはベッドでも手足を伸ばして、すやすやと眠れるようになった。
あの子もそういう風に、落ち着いた暮らしができればいいな……。
さて、そろそろレンが不足してきたから、戻ろうっと。
ぎゅっと柔らかい体を抱きしめて、抱っこして、ぷくぷくほっぺをスリスリしよう。
ほんと、父様もお祖父様もお祖母様も叔母様も、みんなみんなレンのことを抱っこしすぎだよ!
レンのことを抱っこしていいのは、僕だけなんだから!
……アリスターも、僕の目を盗んでレンとイチャイチャしてるんだよなぁ……、あいつ、明日の稽古メニュー厳しめにしてやる。
と、企んでいたのが通じたのか、集落の井戸がある集落の中心の広場で、アリスターとばったり出会う。
「どうした?アリスター……おい、誰にやられた?」
「ヒュー……」
アリスターは、よろよろと怪我をしているのか、左足を庇うように歩いていたが、僕の顔を見てピタリと止まる。
怪我は足だけではなく、騎士服が土に汚れていて、顔は殴られたのか頬とかが赤く腫れていた。
「ヒュー……、たいへんだ、海にクラーケンが出た。それと、集落の男たちが……」
アリスターが僕の両腕を両手で掴み、必死に起きたことを説明する。
それを聞いていて自分の中で、ふつふつと怒りが沸いてくるのが分かる。
しかも……レンが男たちが乗った舟に乗りこんで、海に出たって……たいへんじゃないかっ!!
「アリスター。お前はすぐ父様に報告してくれ。僕は海の様子を見に桟橋に先に行っている」
「ああ、分かった。すまん、レンを止められなかった……」
「いいから、早く行け!」
レンは、いつもにこにこしていて、人を気遣う子なんだけど、頑固なところもある。
今回も、前回の春花祭のときのように、止める白銀と紫紺を道連れに行動を起こしたんだろう……、いやでも、アリスターも「レンを守る」仕事が達成できなかったから、後で仕置きをするけど。
頑固なレンは、僕でも止められないけど、それはそれ、これはこれだからね。
僕は、ところどころ木が傷んでいる桟橋を走り、海に浮かぶ舟を見つけようと目を細めて見る。
「いた!」
二艘の舟が、波に煽られて大きく揺れている。
大人の人がふたりしか見えないな……。
キョロキョロと辺りを見回したら、残された舟が一艘。
「チロ」
『なあに?ひゅー』
「これ、動かして」
僕は舟に乗り込み、僕の体にはやや大きい舟の櫂の片方を両手で握りこむ。
『これって……これ?』
チロが僕の肩からふよふよと飛んで、顔の前の高さで止まり、両手で舟を差す。
「うん。レンたちのところに行きたい。これ、早く進むように動かして」
『えーっ、うみは、みずだけど、みずじゃないから、やりずらい……』
「チロ、お願い」
ニコーッと笑顔で頼んでみると、チロはクルクルと回ってから僕の鼻に抱き着いた。
『まかせて!』
そして、僕が舟を漕ぐよりも先に、海面が盛り上がってズザザザアァァァと滑るように、舟が動いた。
正直、僕が漕ぐ必要もない速さで進む舟。
むしろ、飛ぶように進む舟から振り落とされないように、櫂ではなく舟の縁にしっかりと捕まった。
『ふー、ふー、つ、着いたわよ、ひゅー。あー、つかれた……。まりょく、ちょーだい』
二艘の舟から、少し離れた所で海水の動きを止めてもらった僕は、人差し指から放出する魔力をチロに吸わせて、様子を窺う。
いきなり集落の男たちは、あの人魚族の生き残りの子を、海に投げ込んでしまった!
「え!」
慌てて、舟の縁から身を乗り出して、あの子が投げ入れられた海面を見る。
ポチャン!
「『え!』」
僕とチロ……ふたりで呆然。
ボチャン!
ボチャン!
「白銀……紫紺?」
今、海に飛び込んだのは、レンの守護をしている神獣と聖獣……だよね?
じゃあ、その前の水音は?
僕は考えるより先に、舟の縁に足をかけ、勢いよく海へと飛び込んだ!
ボチャン!
『ひゅー!あなた、およげないでしょー!』
全く状況が掴めないチロが、恐慌状態でパニックになる寸前、呑気な声が降ってきた。
『おーい、れんたち、どこいったか、しらないかー?』
ふよふよ。
『チル……』
『ん?どうした?』
『いくわよ!』
むんずとチルの胸元を締上げて、チビ妖精ふたりも海へとダーイブ!
ぶくぶく。
ぶくぶく……。