アリスターの失敗
最初はなんでもない、いつもの商隊の護衛任務だと思っていた。
冒険者としてベテランの両親は、そろそろ落ち着いて生活したいと、その護衛任務の後はブルーベル辺境伯領に行き、定住するつもりだった。
今まで蓄えてきたお金もあるし、何かの店を開いてもいい。
俺たちの将来のことも考えて、冒険者として最後の任務を終えようとしていた、その夜。
明日には、春花祭が開かれるアースホープ領に着くという夜。
まだ幼い妹が、夜中にフラフラとテントを出て行くのに気が付いた。
外には両親の他に、護衛の冒険者が交代で見張りをしているがとにかく危ないので、妹の後を追って外に出て行く。
トイレかな?と思っていたのに、妹はフラフラと歩き進めていく。
不安になって、名前を呼んでも足を止めないし、肩を掴んで引き留めても、振り払いさらに前に進もうとする。
流石におかしいと焦って両親を呼ぼうとしたとき、既に商隊の馬車やテントは、盗賊たちに囲まれていた。
激しい戦闘が始まる。
俺は妹を抱きしめて、木々の後ろに隠れようとした。
そして、出会った……最悪に。
「おや?おまけもついてきましたか?」
ニヤーッと笑う、道化師の恰好をした不気味な男。
すぐに逃げようと妹の手を引いて走る俺を止めたのは、その場で動かない妹だった。
動かないんじゃない、その道化師の男の元に行こうと、俺の手を放そうと藻掻くんだ。
どうして?
妹の態度にショックを受けているうちに、俺はあっさりその男に捕まり、商隊も盗賊たちに蹂躙され……目の前で父さんが奴らに斬られて、母さんは俺たちを見つけ走り寄ろうとした背中を盗賊のひとりに切り裂かれた。
俺は……妹を盾にされ仲間になることを強要された……。
妹、キャロルはあれからずっとおかしい。
目は開いているのに眠っているようだし……喋らないし、ピクリとも自分の意志で動かない……奴の笛が鳴らない音を奏でるとき以外は……死んでいるようだった。
時々、あいつは俺を殴った。
どうも、笛の能力が思ったように引き出せないらしい。
ざまあみろっ、と心の中で嘲り、キャロルの人形のような表情に泣いた。
もう、父さんも母さんもいない、俺しかキャロルを守れないのに……。
もっと最悪なことに、妹は笛の音とともに歌うようになっていた。
その歌声が精神感応を起こして、笛の能力を最大限に引き出すことに、奴が気付いてしまったからだ。
試しに、他の子供がいる商隊を襲ってみると、キャロルのような状態になった子供が、フラフラと自ら歩いてきて、虜囚になった。
「ふわははははは、素晴らしい!素晴らしい!」
道化師の男は、上機嫌だった。
こいつは盗賊団の仲間とは違う……実は盗賊団の雇い主らしい。
いつも盗賊団に同行しているわけではなく、なんか木の洞から出入りしている不気味な奴だった。
「後を付いて来ようと思わないでくださいね。異空間に繋がっていますから、迷子になったら二度と出てこれないですよ」
と、ニヤーッと楽し気に言う。
神出鬼没な奴に代わり、集められた子供の世話は俺の仕事だ。
アースホープ領のアーススターの街でも、日用品や食料の買い出しなど雑用を押し付けられていた。
こいつらは、俺が逃げるとは思わないんだな……、キャロルを置いては逃げられないしな……、俺たちはこれからどうなるんだろう……。
そんなときに、レンと会った。
不思議な子供だった。
何故か、尻尾をもふもふされた……、もの凄くもふもふされた……、くすぐったい。
子供のくせに、仕事中の俺を心配してくれた。
優しい子だ……。
つい、余計なことを口走ったが、あの子が奴らに捕まるのは、嫌だった。
なのに……、まさかわざわざ捕まりに来て、あんな子供と従魔だけで奴らを倒しちまうとは……。
奇跡的にキャロルも戻ったし、俺たちは重罪を犯したのに、運よくブルーベル辺境伯騎士団に身柄預かりとなった。
俺は、騎士団団長の息子、ヒューバート様の従者見習いでもあるし、キャロルも見習いメイドという立場で、読み書き計算の勉強を教えてもらっている。
両親と同じ冒険者になる夢は潰えたけど、ヒューバート様やレン様を守る騎士になるぞ!と誓いを胸に、新たにブループールの街での生活が始まった。
ヒューバート様…ヒューって呼ばないと機嫌が悪くなるから、ヒューと呼ぶが…あいつは化け物並みに強い。
俺だって父さんに教えてもらって、剣は同い年のやつらどころか、そこら辺の大人になら負けないのにぃ。
悔しいから稽古する、また負ける、稽古する、負ける、稽古、負ける、稽古……て、地獄か!ここは!
そんな過酷な日常にも慣れた頃、ヒューたちのお付きで、ブルーパドルの街へ行くことになった。
海だな……。
ヒューの奴、泳げるかな?泳ぎなら俺は得意なんだけど……勝負したら勝てるかな?
なんて、呑気なことを考えていた自分を殴りたい。
主に勝負で勝つことより、主を守ることを胸に刻めばよかった。
あんなことがあったのに、いつまでも甘ちゃんだから……こんなに、殴られて……蹴られて……、レンを守ることもできずに……、あいつを危ない目に……。
ブルーパドルの街からハーヴェイの森へ行き、さらにしばらく歩くと隣国からの流れ者が作った集落に辿り着いた。
この集落でハブられている子を保護するのが、今日の目的らしい。
そのことを集落の長に伝えるため、ギルバート様とレイラ様とバーニー先輩がレンたちと離れることになった。
他の騎士たちは、森の入口で待機。
え?なんでヒューは集落の子供と遊ぶの?お前、そんなタイプじゃないでしょ?
レンはどうすんの?え?レンは一緒に遊ばないの?へ?この兄弟、いっつも、ベタベタにくっついているのに?
俺がレンの護衛になったけど……、俺、必要?
だって、従魔だと思った犬と猫は、神獣と聖獣なんでしょ?
俺より強いじゃん……、まぁ、レンと一緒にいるのは心地いいからいいけど……。
しかし、集落の男たちが、ハブられている子を簀巻きにして担いで小屋から連れ出したところから、雲行きが怪しくなる。
レンに絶対に小屋の陰から出てこないように言い含めて、男たちの後を追う。
「おい!待て。その子を放せ」
「ああ?」
男たちは全員で6人いた。
俺にしてみれば、騎士の訓練も受けてなく武器も持ってない男なんて、何人いても楽勝だ。
「何をしている。その子は俺たちが保護する子だ。放せよっ」
男の体を押しやりその子に手を伸ばすと、横から別の男に突き飛ばされた。
「余計なことをするな!こいつは今から海に……生贄にするんだっ!」
その場に尻餅着いた俺は、は?と口を開ける。
なんだ?生贄って……、なんでそんな話になったんだ?
「あれを見ろっ。ク……クラーケンが……、クラーケンが襲ってくるんだ……」
「あんなの……俺たちじゃどうしようもない……。だから人魚族の生き残りなら、生贄にすれば……、大人しく海に帰るかもしれない……」
「そうだ……人魚族の生き残りなら……」
男たちが異様な雰囲気で、ブツブツと呟きだす。
馬鹿か……、クラーケンが人魚族を食らうとか……。
生贄を差し出したら、大人しく海に帰るとか……、そんなこと聞いたことないぞ?
でも、こいつらはもうダメだ。
生贄を出せば助かると、そう信じている、信じようとしている。
俺は、剣の柄に手をかける。
…………。
ふと、ギルバート様の言葉を思い出す。
騎士は守る者。
その子を守るために、こいつらを斬る。
それは正しいのか?
しかも、ここはブルーベル辺境伯領ではない。
俺は剣の柄からそっと手を放した。
騎士としてまだ見習いだけど、騎士としてこいつらに手を出してはいけない。
「いいから、その子を放せっ」
「うるせぇっ」
殴られる、蹴られる。
痛い。
でも……絶対に手を出さないっ。
ああ……、でも、そのせいで……。
「クラーケンが出たらしい。俺はギルバート様たちに知らせてくるから!無茶なことしないでくれよっ!」
レンがあいつらの後を追って、舟に乗り海へと行ってしまった。
俺は、殴られて痛む体を起こして、ギルバート様に報告のために集落の長の家へと走り出す。
ギルバート様への報告の前に、ヒューと会ったからレンのことを話しちゃったけど……マズかったかな?