嫌われ者の人魚姫 5
ぼくは、アリスターに口を塞がれたまま、ぎゅっと抱き込まれていた。
あの男の人たちは、あの子をどうするつもりなの?
なんか、真っ直ぐに海の方へ向かっているんだけど……、舟に乗せるつもりなのかな?
あんなに、縄でぐるぐる巻きにして?
「レン、ここを動くなよ」
アリスターは、ぼくの体をそっと離して、男の人たちを追い駆けて走って行ってしまう。
ぼくは、小屋の陰から見ていたんだけど…アリスター……殴られてるよ?
あの子を肩に担いだ男の人は、黙って立っているだけど、あとの男の人……いち……にぃ……、5人でアリスターを囲んで殴って蹴っている!
あわあわあわ、どうしよう。
なんで、アリスターは反撃しないの?
なんで、剣を持っているのに抜かないの?
兄様は、アリスターは強いって言ってたのに?
「ど……どうしよう」
あ!白銀と紫紺に助けてもらおう……。
「おい、いつまで遊んでやがる。早くこいつを海に放り込まないと、あいつが来ちまうぞ!」
なんか……怖いことが聞こえた。
男の人たちは、アリスターをその場で押さえつけているふたりを残して、再び海へ舟に向かって走り出す。
「やめろっ!その子を放せっ!」
アリスターが体を捩じって抵抗するけど、男の人たちはガッチリアリスターの体を抑え込んでいる。
い、痛そう……。
どうしよう……アリスターを助けなきゃ!
でもあの子が海に捨てられちゃうかも……、あれ?でも、人魚族なら海に入れられても平気なの?
でも……あんなに痩せてて体力とか無さそうだし……。
「しろがね!しこん!いくよ!」
ぼくはふたりを呼んで、小屋の陰から思い切って飛び出した。
アリスター、ごめんね!ぼくは、あの子を助けるっ。
相変わらず頭が重くてヨタヨタとしか走れないけど、頑張って走って、男の人たちに追いつくんだ!
「ちょっと、レン!どうしたの……、あれ?」
紫紺が慌ててぼくを追いかけてくる、そして、ようやくおかしいこの状況に気が付いたみたい。
もう!ふたりで海をずっと見ていて、全然こっちのことに気が付かないんだから!
あとで、お説教だよ!
「なんだなんだ、アリスターはどうしたんだ?とりあえず、アレを離すぞ」
白銀がぼくと並走しながら、後ろのアリスターに向かって「えい」と雷魔法を穿つ。
「「わあああっ!」」
「邪魔ね」
紫紺が追い打ちで風魔法を操り、アリスターの両側にいた男の人たちを、左右に吹っ飛ばした。
弱々の雷魔法で体が痺れていたところに強風に煽られた男の人たちは、面白いぐらいにゴロゴロと転がっていったと、あとでアリスターから教えてもらった。
「レン、隠蔽魔法かけるわ。大きな声出したらダメよ」
「あい」
ヨタヨタ。
ぼくのことを隠すより、早く走れるようにしてくれないかな?と、ちょっと思ったけど。
でもあの子を担いだ男の人が、後ろを振り向いて仲間の惨状を信じられないような顔で見て、「おい!急ぐぞ」と足を速めたお陰で、ぼくの後ろ襟を白銀がぱっくんちょして運んでくれた。
ぶらぶ~ら揺れながら運ばれて、男の人たちが舟に乗り込むから、ぼくらも舟の後ろに乗りこんで、上に布を被せてカモフラージュ!
「どこに行くのかな?」
「さあ?でも、迂闊だったわ、あいつに気取られていて……他のことに気づくのが遅れるなんて」
「ああ、あいつだけを気にしていたから、アレに気づかなかった……」
ちょっと、ふたりが落ち込んでます。
ぼくが無茶なことをしたから?いいえ、違います。
男の人たちを追っているときに、自由になったアリスターが言いました。
「クラーケンが出たらしい。俺はギルバート様たちに知らせてくるから!無茶なことしないでくれよっ!」
クラーケンって……海の魔物だよね?
俺たちは集落の奥にある大きな家、長の家を訪ねてあの子の話をしている。
が、やっぱり自分たちも保護をして欲しいのか、あんなに邪険に扱い暴力まで振るっていたくせに、俺たちに預けるのに反対してきやがった。
俺もその対応にイラついたが、隣に座るレイラからの圧が凄い。
ここでは、俺とレイラはブルーパドルの街から来た者としか伝えていないので、まさかブルーベル辺境伯夫人と騎士団団長だとは思っていないのだろう、この長の爺さんの態度がなかなかに腹が立つ。
「とにかく、あの子はこちらで保護しますわ」
「しかし……同じ境遇の者の中からひとりだけとは……。他にも幼い子供がおりますので……」
「……ちっ」
おいおい、舌打ちしたか?辺境伯夫人だろうが、お前?
「同じ境遇ですって?あの子は隣国からの流れてきた貴方たちとは、違うと思いますけどぉ」
レイラ、お前さ……高位貴族の淑女だろうが……額に青筋立てて扇を握りしめるな……ミシッミシッて音がして、俺が怖いわ!
「とにかくあの子を引き取るのは決定事項だ。お前の許可などいらん。急に集落に預けられていた子供がいなくなったら無駄に心配をかけると思って、伝えに来ただけだしな」
「そ、そんな!」
「あの子は、人魚族の生き残りと言っていたのは、貴方たちでしょう?」
「いえ……それは……」
レイラの言葉に、態度が変わり始める爺さん。
視線を左右上下に彷徨わせ、汗が額や首筋に流れ始める。
「共有の井戸や食料……あの子にはどうしていた?」
「!」
井戸は使わせていないし食料は分けていない、朽ちかけの小屋に押し込めていたのは、既に調べ済。
「あの子は海からの漂流者。隣国の出自がはっきりしているお前たちとは立場が違う。我が国の者かもしれないし……人魚族の生き残りなら海の者だろう?」
「そ……それは、そうですが……」
レイラが立ち上がり手に持った扇を長に向けると、冷たい声色で、
「人魚族の生き残りなら、我が国にて保護し調査が必要。貴方……隣国からの流れ者でありながら、我が国に……逆らうつもり?」
と脅した。
もういいだろう、言いたいことは言ったし、戻ってあの子を保護して早く街へ帰ろう。
俺も立ち上がり、ふたり揃って項垂れた長の爺さんを無視して、家を出て行こうとしたら、傷だらけのアリスターが飛び込んできた。
「大変ですっ!クラーケンが出ました!そ……それと、あの子が男たちに拉致されて舟で海へ!」
……この短時間に、なんでそんなことになるんだよっ!
俺は、レイラにアリスターを任せて、バーニーとともに走り出す。
その背中にアリスターの悲痛な叫びが。
「レンもその舟に乗ってます!」
……だから、なんでそんなことになるんだよっ!!