嫌われ者の人魚姫 2
ハーヴェイの森に辿り着いたぼくたちは、馬車から順番に降りる。
ここからは、森の中を歩くから馬車は置いていくんだって。
護衛に付いてきた騎士さんたちが、馬に水や飼い葉を与えている。
アリスターとバーニーさんも、自分たちが乗って来たお馬さんに、水と飼い葉を与えている。
こっちのお馬さんは、用途によって種類がまちまちみたい。
騎士団で飼育しているお馬さんは、軍馬だからすごく大きくて足も太い。
前世のテレビで見ていたサラブレッドとは、違う種類だと思う。
父様が教えてくれたけど、騎士団のお馬さんは、鎧を着て重くなった騎士さんを乗せて長い距離を走るから、体が大きくて足がしっかりしたお馬さんなんだって。
伝令・通信兵が乗るお馬さんは、前世で見たサラブレッドと近いかな?スピード重視らしい。
荷馬車のお馬さんは、ちょっとずんぐりむっくりした体躯。
王都の騎士団の精鋭が乗るお馬さんは、魔獣馬らしい。
でも、父様がいうには「敵国と戦うわけでもないのに、無駄遣い」だって。
敵国や強い魔獣と戦うのは、辺境伯の騎士団や、僻地の領地の兵で、王都の騎士団は治安維持と王家や高位貴族の護衛が仕事で、戦うとしたら国内の反逆した領主の兵ぐらい。
その程度で魔獣馬を扱う意味が分からないそうだ。
父様…、それは見栄、というものですよ。
さて、馬車は降りたけど、馬は何頭か一緒に連れていくみたい。
アリスターと、他の騎士さんがお馬さんの手綱を握っています。
でも、森を進む順番がおかしくなーい?
先頭がレイラ様、アリスターとバーニー、兄様とぼくと白銀と紫紺、他の騎士さんたちで最後尾が父様。
「レイラ様……あぶないの?」
女の人が先頭歩くって、騎士道精神はどこにいったの?
ぼくが不満そうに顔を歪めているのを、当のレイラ様はおかしそうに笑って。
「いいのよ。私は魔法が得意でね、とっても強いのよ!」
ムンと両手を腰に当てて、バイーンと大きな胸を反らします。
「そうだよ。レイラ叔母様はとっても強いんだよ。攻撃魔法は辺境伯騎士団随一なんだから」
「ええーっ」
……そういえば、辺境伯家の嫁は強くないとダメだって、母様をいじめてたんだよね、分家のひとたち。
そうか……強いのか……レイラ様、こんなに美人なのに……。
「レイラ、火魔法は使うなよ!森の中だからな。ヒューとアリスターは念のため剣の柄に手をかけておけ!いざとなったとき、すぐに抜けるように」
「「はい!」」
「はーい。火魔法が一番得意なんだけど……、じゃあ水魔法にしようかしら……、でもいきなり襲ってきたら、つい慣れた魔法を使いそう」
「別に俺たちかいるんだから、そう警戒しなくてもいいだろうよ、ギル」
「白銀。これはヒューたちの訓練にもなるからな、危ないときだけ手助けしてくれ」
「そうね。でも森の中で火魔法を乱発されたらたまんないから、アタシが先頭で探査してあげるわ」
白銀が父様の横に、紫紺がレイラ様の前に出た。
「レンは、僕の隣でね!アリスターじゃないよ、僕の隣でね!」
「あい」
素直に頷いて返事をするぼく。
……なんか、最近兄様がアリスターを意識しまっくている気がするんだけど……、今も馬の手綱を握るアリスターを笑顔で睨んでいる……かな?
「さあ、行くぞ」
ここから、4半刻(およそ30分)ぐらい歩くと、集落に着くらしい。
ぼくも頑張って歩くぞ!
馬車でヒューに聖獣の話を出されたときに、つい言葉に詰まってしまったわ。
白銀が気を利かして外に誘ってくれたから、馬車から降りてしまったけど、ヒューたちは気にしているかしら?
「はーっ、他の聖獣の話なんて……、気が重いわ」
「ああん?しなきゃいいじゃねぇか。あいつらと会うこともねぇだろう。あいつらはみんな、人なんて嫌いなんだから」
「人だけじゃないわよ」
馬車と騎士たちから少し離れた所をゆっくり走りながら、白銀と会話する。
「でも、そういうわけにはいかないでしょ?」
「は?なんで?」
え?この馬鹿、気付いてないの?
「だって、いるでしょ?」
「なにが?」
「はあぁぁぁぁっ?本当に気付いてないの!」
「なにが?」
白銀は颯爽と走りながら、器用に首を傾げてみせた。
「いるわよ、ここ。気配を感じないの?」
「へ?」
あ、この馬鹿、本当に気付いてなかったわ。
こいつってば、本当に神獣なのかしら?
しかも純粋な強さだけで言えば、上から2番目の強さを誇るはずなのに、頭が残念すぎるわ……。
「アンタが会うはずがないって言った、聖獣が……いるわよ」
「マジか……」
「向こうも気づいてると思うわよ?こっちには神獣と聖獣と揃ってるんだし、あの方がレンの保護を求めて全員と会って事情を話しているから、興味を持って会いにくることも考えられるわよ」
「……会いたくねぇ」
そりゃ、アタシだって会いたくないわよ。
でもねぇ……この気配、あの聖獣だと思うのよね。
人魚族の話も出ていたし、人の世界では何故か人魚族が滅んでいるって誤解しているし。
「レンを連れて戻ってもいいかな?」
「ダメでしょ。なんて理由付けるのよ。他に聖獣がいるから戻りますなんて馬鹿正直に言って、レンが興味持ったらどうすんのよ!」
「だよな……。他の奴らにはレンと俺たちと契約しているなんて……言えないよなぁ……」
白銀の足がどんどん重くなり、とうとうポテポテと歩き出す。
「……聖獣の気配は遠い海の底から。向こうが出向かないことを願うしかないわね」
「ああ、あの爺か……」
爺って、アンタの方が先に、あの方に作られたでしょうに……。
アタシは、チラリと海に目を向ける。
白銀は隊列の最後尾にギルと一緒に後方に注意を払っているんでしょうねぇ。
レイラと呼ばれた女傑の前を進みながらも、海へ意識を向けることを止めることができないわ。
遠くに見える海は静かで、陽光に煌めいて見えた。
頑張って歩いたら、開けた場所が見えた。
ここが、人魚族の生き残りがいる集落なのかな?
砂浜と船を接岸させる小さな桟橋。
集落の奥にちょっと大きな家があって、その周りに10軒ぐらいの家が建っている。
真ん中に井戸があって、鶏が数羽放し飼いにされている。
「あの子がいるのは、あそこよ」
レイラ様は集落とは反対、つまり海の方を指差す。
それは、小屋だった。
隙間がひどい、屋根に穴の空いた小屋。
え?ここにひとりで女の子が住んでいるの?
レイラ様は父様と兄様とぼく以外をその場で待機させて、その小屋へと足を進める。
コンコンと、引き戸を叩いたあと、声をかけながら戸を開ける。
「私よ、レイラ。ちょっといいかしら?」
小屋の中に、女の子がポツンと立っていた。
手足がガリガリに痩せて細くて、エメラルドグリーンの髪を伸ばし放しにした女の子。
レイラ様を見て少し微笑んだあと、レイラ様の後ろにいる父様と兄様を見た瞬間、その場に蹲ってしまった。
「あらあら、どうしたの?」
レイラ様が駆け寄って、その細い体を抱きしめる。
彼女は、腕で頭を庇って、体を小さく縮めて震えていた。
そこには、前世のぼくが……いた。