熱烈歓迎です!後編
うぅーっ、うーうぅ。
「レン、じっとしてて、はい」
スポーンと洋服の襟ぐりから、やっと頭を出せたー!
ブルーパドルに着いて2日目!
ちょっとお寝坊したぼくは、自分で洋服を着ることにチャレンジしています!
これも強くなるための特訓なの。
でも、今みたいに襟から頭が上手に出せなかったり、ボタンを掛け違ったりしちゃう。
あれれ?ぼく、前はちゃんとお着替えできたのに、たぶんこの短くてぷにぷにした指が動かないからだよ!
スプーンもフォークもちゃんと持てないから、グーの手で握ることしかできないんだもん。
「にいたま、ありがと」
で、結局兄様に手伝ってもらうんだよね。
でも、今日は不機嫌なの!プンプンだよっ。
ブルーパドルの街でも、毎日剣の稽古をしようと思ってたのに、兄様ったら、ぼくを起こさないで朝の剣の稽古を終えてしまったんだもの。
白銀と紫紺も起こしてくれなかったし……、ちぇっ。
「あはは。そんなに頬を膨らませて。ごめんって。気持ち良さそうに寝ていたからね、起こすのが可哀想で」
ぷにっと膨らんだ頬を突きながら謝らないで!
「昨日は、とっても疲れたからね……」
おっと、兄様が昨日の出来事を思い出して、目に光が無くなっちゃった。
昨日……、ぼくたちはお祖父様とお祖母様から、熱烈歓迎を受けた。
それも全力の。
ようやく、ふたりから解放されたときには、体力なんて余ってなかった。
でも、お祖父様とお祖母様はその後、白銀と紫紺も全力で可愛がっていた。
父様が慌てて「神獣様と聖獣様ですよ!手紙でもちゃんと伝えたでしょう!」て、怒ってた。
白銀はお祖父様のこと「なかなかやるぞ、あの爺」と、認めていたよ。
夕食は、出掛けていた辺境伯夫人レイラ様と嫡男ユージーン様とお会いした。
レイラ様は、ゴージャス美女だった。
真っ赤な髪といってもアリスターのような真紅ではなくて、朱金のような赤で、緑色の瞳をした顔のパーツも派手な、ナイスバディな美女です。
性格はとてもおおらかで、明るい楽しい人です。
ユージーン様も、髪と眼は兄様と同じ色だけど、印象や性格はレイラ様とよく似ていた。
ぼくに、「俺のことも兄様と呼んでいいぞ」と許してくれたのに、兄様がとってもいい笑顔で「ユージーンは違うでしょ。従兄弟でしょ。兄様はダメ!」と断っていたけど……なんで?
そして、今日は父様はお祖父様に連れられて街の視察に行き、お祖母様とレイラ様とぼくと兄様は街に遊びに行くの。
え?ユージーン様?……なんか、今、釣りにハマっていて、毎朝漁船に乗って釣りに行くんだって。
しかも、ほとんど釣れないという……、なにが楽しいの?
「さあ、レン。朝は領主邸専用の浜辺に行って海遊びするから、このズボンとサンダルを履こうね」
「あい」
ぼくは膝丈のズボンをよいしょ、よいしょと履く。
この世界はゴムがないので、子供服でもボタンがいっぱい付いてる服が多いし、サイズ調整は紐だ。
兄様がぼくが履いたズボンのウエストを、紐で絞って結んでくれる。
素足にサンダル……何かの植物で編まれたものに足を通して、足首に付属の紐をグルグル巻きつけて、やっぱり兄様に結んでもらう。
「痛くない?慣れないとサンダルは痛いかも……」
「ん。だいじょーぶ」
「じゃあ、行こうか」
はい、と差し出された手に自分の手を重ねて、部屋を出る。
廊下にはアリスターが控えていて、みんなでお祖母様たちが待つ、屋敷のエントランスへ。
ザップーン。
波が押し寄せては引いていく。
ここは領主邸専用の浜辺。
つまり、プライベートビーチ!
わあぉっ、ぼくってばお金持ちのセレブみたい。
白い砂浜に白いデッキチェアとパラソル。エメラルドグリーンの海に青い空、白い雲。
「きれー」
なんか、絵画を見ているみたい。
「ひとりで、海に入ったらダメだよ?今日は父様がいないから泳ぐのは禁止!波打ち際までだからね」
ちょっと厳しい顔で、ぼくに注意する兄様。
でも、兄様も泳ぐの禁止なんだよね?
兄様……泳いだこと無いんだって。
ぼくもない。
いきなり、海で泳ぐのは怖いんだけど、この世界にプールという施設はないらしい。
「ばあば、いってきまちゅ」
デッキチェアでくつろぐ美女ふたりに挨拶して、砂に足をとられないように、よたよた歩いて海へ。
ちなみにロバートお祖父様、ナディアお祖母様と喋れないぼくは、ふたりから「じいじ、ばあばでいいよ」と言われたので、そう呼んでいます。
アースホープ領のお祖父様とお祖母様のときと同じく、激しくお祖父様とお祖母様のイメージに合わないっと思いながら。
「ぐっ。かわいいわ、かわいいわ、レンってば」
「お義母様、気をしっかり!お楽しみはまだ始まったばかりですのよ」
なんか……お祖母様たちも賑やかだね。
白銀と紫紺も、砂で足が汚れるのが不快なのか、眉を顰めてぼくの後を付いてくる。
「にいたま、かいがら」
しゃがんで、砂に埋もれていた、薄緑色の貝を掘り起こしてみる。
「ほんとだね。綺麗な色の貝殻は持って帰ろうか?」
瓶に入れて飾ると綺麗なお土産の定番ですね。
その場で貝殻を集めたあと、波打ち際で兄様と白銀と紫紺でキャッキャッと戯れて、お腹が空いたのでお祖母様たちと朝ご飯を食べて。
「さあ、街に行きましょうか」
レイラ様がそう声をかけると、セバス父が馬車の用意ができましたと告げにきました。
片付けはセバス父とメグたちにお願いして、ぼくたちは馬車に乗って街へ。
緑や青、黄色やオレンジ色の石を敷き詰めた石畳みの道。
白い石造りの家。
お店は赤やオレンジ色などの鮮やかな色の布で飾られていて、ふくよかなおばさんが明るい声で客引きをしている。
「わー、にぎやか」
「ほら、ちゃんと足元みないと、転ぶよ」
と言いつつ、弟に激甘な兄様はひょいとぼくを抱き上げて、馬車から降ろしてしまう。
「ふふ。ヒューはすっかりお兄ちゃんねぇ」
ぼくたちは迷子防止でしっかり手を繋いで、街を歩きます。
時々、お祖母様が果実水を買ってくれたり、お店の主人が果物を切って試食させてくれたり、レイラ様が「美味しいのよ!」とアイスを食べさせてくれたりしました。
母様へのお土産に、色の淡い布を選んだり、セバスへのお土産にふたりして悩んだりして、歩いていきます。
「さぁ、ここが街一番の洋服屋さんよーっ!」
「へ?」
レイラ様が案内してくれたお店は3階建ての立派なお店で、大きな窓には夜会用のドレスを着た人形が幾つも飾られていました。
でもなんで、洋服?
「さあ、さあ入りましょうねぇ。今日は貸し切りよー」
お祖母様まで、上機嫌でぼくたちの背中を押していきます。
そこからは、試練でした。
ぼくと兄様は代わる代わる色々な洋服を着せ替えられて、その度に帽子や靴やタイを合わせてみて、また別の洋服を着て、サイズを測って……。
エンドレース!
でも、兄様と違ってぼくは……、ぼくは……、なんで女の子の服も着せられているの?
これって、お茶会とかに着ていくタイプのドレスですよね?
コテンと首を傾げる、ぼく。
「はわあわあわあわぁーっ、やっぱり、かわいいわ、うちの孫!」
「ですよね!ですよね!こんなかわいい甥っ子、たまりませんわーっ!ちょっとこの青いドレスも着せてみましょ」
「あら、レンにはこの黄緑色のドレスも似合うわよ~」
……、なんで、いつのまにか人化して紫紺も混ざってんの?
さっきまで人化して、自分の服を選んで楽しそうにしてたのに、いつのまに、お祖母様とレイラ様に混じっているの?
どうして、白銀は端っこで目立たないように伏せているの?助けてよっ!
兄様も笑っていて、助けてくれないしぃ。
はあーっ、ぼく、ようやくわかった。
ブルーパドルの街に行くのに、ぼくの荷物は中に余裕のあるトランクひとつだけで、おかしいな?って思ったんだ。
だってアースホープ領に行くときより少ないだもん。
あっちは1泊2日、こっちは行くだけで5日以上かかるのに……。
現地調達……てことだったんだ……。
「いやー、アンジェもよくわかっているわー。足りない物はこちらで買い足してくださいって!」
「ええ。あの子もよくできた嫁ですよ」
ニコニコのふたりの会話からハッキリしたことは、こうなったのは母様の差し金でした……。