ブルーベル辺境伯兄弟
剣の稽古を終えた後は、兄様たちと屋敷に戻ってお風呂。
汗を流してサッパリ!
白銀は、濡れた自慢の毛同様にどんより萎れているけど……。
今日は、辺境伯様のところへ呼び出されている父様以外でお昼ご飯。
母様が「レン君も運動してるから、お腹が空くわよね」と、お肉料理にしてくれるんだ。
もちろん、紫紺も白銀もお肉大好きだから、いっぱい食べてるよ。
チルとチロ用に、お野菜や果物もちゃんと用意されています!
ご飯を食べたら、大きな欠伸。
むにゃむにゃ。
お昼寝の時間です。
兄様に連れられてお着替えして、ベッドへ。
紫紺と白銀も一緒に、おやすみなさーい。
チルはその間、『なかまのとこへ、じょーほーしゅーしゅー、いくぜ』とふよふよ飛んで行ってしまった。
お昼寝から目が覚めたら、身支度をぼく付きのメイドのメグに整えてもらって、絵本でお勉強をします。
字を読んだり、書いたり。
自分の名前がこちらの文字で書けるようになりました!
「レン様、お茶の時間ですよ」
優しい声で呼びに来てくれたのは、執事?家令?……とにかくなんでもできるセバスさん。
「あい」
使ったお道具を片付けて、階段をセバスさんと手を繋いで降りて、母様の待つサロンへ。
セバスさんが開けてくれた扉をトコトコ入ると、母様と兄様と……父様もいた。
「とうたま~」
トテトテとよたって走って、ポスンと父様の足にしがみつく。
……大分恥ずかしい。
でも、父様とか大人から手を伸ばされると、叩かれるかもと無意識に体が拒否してしまう。
だったら、自分から飛び込んでいけばいいじゃないか!と思いついて実行してるんだけど……恥ずかしい。
でも、父様も母様も喜ぶから、頑張るよ!
「おおーっ、レン!いい子にしてたか?」
足にへばりついたぼくを軽々と抱き上げて、高い高いと満面の笑顔でしてくれる父様、今日も格好いいですね!
そんな父様の腕から、ベリッとぼくを奪い返す兄様。
「レンを乱暴に扱わないでください、父様!」
「そ、そんなぁ」
「あらあら、まあまあ」
ぼくは兄様の隣に座らせてもらい、セバスさんがぼく用のおやつとホットミルクを、テーブルに並べてくれる。
ちょっと、しょんぼりした父様は母様に慰められている。
おやつはアップルパイ。
ぼくのリクエストです。
この頃勇気を出して、食べたいものをリクエストしてみてます。
最初は、パンケーキとか果物とかだったけど、ぼくがこれ食べたいとか言うと、母様がすごく喜ぶから、申し訳ないなーと思いながら、最近はケーキとかパイとかもおねだりしています。
パイは食べづらいから、兄様の「あーん」攻撃が待っているけど、しょうがない。
ちなみに白銀と紫紺は、小さいホールをひとつずつ食べてるよ。
「とうたま、おしごとは?」
今日は、辺境伯様に呼ばれているとかで、朝早く出かけて行ったよね?
朝ご飯のときには、もういなかったし。
「ああ、ちょっとヒューたちに話があってな」
優雅に紅茶を口に運んでいた兄様の手が止まる。
「僕にですか?」
「いや、そのぅ……ハーバードと話してて……ブルーパドルに行くことになった……」
「お祖父様のところにですか?」
ん?今度は父様の父様に会いに行くの?
ぼくは、パイの食べかすを口にいっぱい付けたまま、首を傾げた。
生まれ育った実家だが、自分の屋敷を持ち家族と過ごすうちに、ブルーベル辺境伯領主邸は俺にとって別のものに変わった気がする。
決して、弟のブルーベル辺境伯のハーバード・ブルーベルの魔王のごとく黒いオーラにビビっているわけではない。
なんでこいつ、こんなに不機嫌なんだ?
人を朝早くから呼び出しておいて。
「兄上」
「おう」
俺が執務室に入ってからも無視して、書類仕事を片付けていた弟が、顔も合わせずに声をかけてきた。
「兄上には、私の名代として王都に行ってほしいんですが」
「はあ?なんでだよ、いやに決まってるだろ」
俺は、そういう貴族のあれやこれやが嫌で騎士になったんだよ!
弟が優秀だったのも理由だが、今さら王都に行って貴族との付き合いなんてやりたくない。
「そういうわけにもいかないんです」
ハーバードは疲れたように眉間を指で揉み、執務机から移動して、俺の対面のソファーに腰を下ろした。
「陛下から王家主催の夜会の招待状と、その時期に合わせて何家からかお茶会などの誘いがありまして」
「お前が行けばいいじゃん」
いつもそうだろう?
辺境伯という役柄、あまり王都には行かないイメージがあるが、実際は俺や騎士団がしっかり留守を守るのと、父上である前辺境伯がまだまだ元気だからな、緊急時お前が戻ってくるまでは持ちこたえられるぞ!
「私が行ければ、行きますよ」
うわっ、不機嫌オーラが強くなった……。
なんだよ、どうしたんだよ。
「何か…問題が?」
ギロッと俺をひと睨みしたあと、はあーっと深く息を吐いた。
「戻ってこないんですよ、レイラたちが」
「へ?」
そういえば、お家騒動に巻き込まれないよう、避難させていた辺境伯夫人のレイラと嫡男のユージーンが、戻ってきたとは聞いて無かった。
え?まだ、父上のところから戻ってきてないのか?
「向こうで気になることがあるから離れたくないと、手紙ひとつ寄こしたきりですよ」
「そりゃ……。あれ?呪いはどうした?」
「それは、向こうの教会ですぐに解呪したそうです。アンジェ義姉上よりも強い呪いだったみたいですよ」
俺の妻のアンジェリカとハーバードの妻レイラは、分家の奴らに呪いをかけられていた。
それも「新しい命を得ることができない」ようにする呪いだ。
神官の魔法で解呪できる程度のものだが、呪いに気づかない間、ふたりがどれだけ苦しんだのかは想像できる。
まったく忌々しい連中だった。
「それで、いつ戻ってくるかわからない以上、社交に関しては兄上夫婦にお願いします」
「いやいや、待て待て!どうしてそうなる?」
「私にひとりで社交をこなせ、と?」
キラーンと物騒に光る眼。
いや、待て怖い。
お前、実の兄に本気で殺気を飛ばすな。
思わず剣の柄を握ったろうが!
「どうしてほしいんだよ。正直に言えよ」
俺は後ろ頭をガシガシと掻く。
この弟はやや素直じゃないところがある。
仲の良い兄弟だと自負しているが、それでも素直に、俺に何々して欲しいとは言えないのだ。
今回もそうだろう。
奴は、やや不貞腐れた顔で。
「兄上にレイラたちを迎えに行って欲しいのです。流石に迎えが来ているのに留まることはないと思って」
「迎えか……」
聞けば、父上たちからもレイラに戻るよう伝えてもらったが、レイラは頷かなかったそうだ。
俺が父上のところに行くのは、元気になったヒューや養子にしたレンを会わせる意味でも都合が良い。
しかし、今は騎士団も予算などを組む時期でもあり、忙しい……主にセバスとアンジェが。
「兄上が迎えに行けば、レイラの気持ちも諦めがつくと思うのです」
「うーん、しょうがないな……。マイルズがいる今は、俺も動きやすいしな……」
腕を組んで天井を見る。
ちょっと、かなりセバスに文句を言われる気がするが、もともと机仕事は俺よりセバスとアンジェが担っていたし、いいだろう。
それに、アースホープ領への旅行で事件に巻き込まれ、怖い目に合わせたヒューたちにも、いい気分転換になるだろうし。
「ああ、マイルズがいるので安心ですが、あの子も帰ってくるそうですよ」
「はあ?あの子ってアルバートか?」
コクンと頷く弟そのいち。
アルバートは弟そのに。
「あの馬鹿。ここが大変な時期にダンジョンに潜っていて、つい最近ブルーベル辺境伯領の騒動を知ったらしいんです。で、私のご機嫌取りに急いで帰ってきているところですよ」
「冒険者稼業を楽しんでいるようで、なによりだ」
ブルーベル辺境伯の末っ子。
好奇心旺盛で自由な気風な弟は、ハーバードの補佐になるわけでも、騎士になるわけでもなく、分家に入るでもなく、冒険者になり、気の合う仲間と共にふらふらとしている。
父上の代から計画していた、分家一掃の際には力を貸すように言い含められている筈なのに、姿を見せないと思ったら……ダンジョン攻略かよ。
「馬鹿でも力はありますからね。伊達にAランク冒険者ではないでしょう。存分にコキ使います」
「ああ…………そうか……」
可哀想に、弟よ。
ハーバードの悪魔の微笑みが出てしまった。
こりゃ、かなり怒っているな。
こいつは怒れば怒るほど笑うんだ。
俺はぐいっと残りの紅茶を喉に流し込み、席を立つ。
「じゃあ、準備もあるから帰るわ。出発は早い方がいいんだろう?」
「ええ。すみません、兄上」
これ、レイラに渡してくださいと、彼女宛の手紙を受け取り、執務室を出る足を止めて、ハーバードに問う。
「そういえば、レイラの気になることってなんだ?」
ハーバードは真剣な瞳で俺を見つめ、重々しく告げる。
「……人魚族の生き残り……ですよ」