楽しい剣のお稽古
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いつも、ありがとうございます。
まだ外が暗い、夜明け前。
目が覚めてしまったから、重い体をゆるゆると動かして立ち上がる。
痛んだ床板に敷かれた、腐りかけのゴザの寝床。
ふらふらと危ない足取りで、玄関戸にある大きい甕に近づき、蓋を取り中を確認する。
今日は、水汲みから始めよう。
骨と皮だけの体で桶をふたつ持って、戸が音を立てないよう静かに開け、闇にまぎれ外に出る。
集落の井戸まで小走りにしていた足が、井戸の前の大人の男を見て止まる。
「あ?なんでテメーがこんなところに居るんだよっ!」
怒鳴られて石を投げられる。
足元に小石がゴツッとぶつかったのを合図に、夢中で走って家に戻る。
戸を閉めて、その場で蹲って、息を整える。
怖かった……。
今日は水汲みはもう無理だ。
いつも、誰もいない時間を見繕って水汲みをしている。
誰とも会わないように……。
甕に縋るようにして立ち上がり、残り少ない水を手で掬って口に運ぶ。
温い水が、喉を落ちていく。
気を取り直して裏山に行く。
食料を確保しなければ、ならないから。
幾つか熟した木の実を取って、罠にかかっていた小鳥を絞めて、小川で解体作業。
小川……というよりチョロチョロと水が湧き出ているだけ。
でも解体の血は洗い流せる。
夜が明けないうちに家に戻る。
そして、じっとしている。
日が昇っても、外には出ない。
出れない。
集落の大人たちは無視をするか、井戸の男のように怒鳴る。
でも、子供は怖い。
面白がって石を投げる、棒で打ち付ける。
ああ……子供たちの声がしてきた。
ぎゅっと身を縮めて耳を塞ぐ。
「おーい、ばけものー、でてこいよっ」
「ばけものー!ここから、でていけー!」
笑い声と石が投げられ、家というか、崩れかけの小屋にぶつかる音が続く。
「てやー!」
ビュンと剣が空を切る。
「やー!」
ふさっと受けられて、ペチンと剣を持つ手を叩かれる。
「むー」
痛くはないけど、剣を落としてしまった。
とてとてと剣を拾うのに、腰をおとしたら。
「スキあり!」
お尻をペチンと押されてそのまま転がされる。
「やぁーの!しろがね、ずりゅい!」
「ズルくないぞ!敵に背を向けるのが悪いんだぞ!」
白銀は小さい姿のまま、お座りをして上機嫌に尻尾を左右にふさふさ。
痛くはないよ?紫紺が風魔法でふんわり受け止めてくれたからね。
『れん!もういちど、だ!』
うん、もう一度、お手合わせお願いします!
ぼくは、紫紺がいろいろと諭してくれたけど、やっぱり強くなろうと思って剣の稽古をしています。
昔、兄様が使っていた玩具の木剣で白銀相手に頑張っているの!
甘えたり我儘言うのは、ぼくにとってハードルが高いので、とりあえず強くなります。
むん!
兄様やアリスターみたいな子供や、お祖父様やお祖母様みたいな年配の方は平気だけど、父様とか母様ぐらいの大人はちょっと怖いみたいなの、ぼく。
ママとかママの友達に、痛いこといっぱいされたからかな?
何もしない人、優しい人って分かっていても、体がビクッて反応しちゃうんだ。
そういうのも、悪い癖と思って治していかないとね!
ぼく、頑張る。
前とは違う、ぼくになるの。
せっかくシエル様が、もう一度チャンスをくれたんだもの。
怯えて小さくなっていた早宮連は、もういないんだよ?
ここにいるのは、レン・ブルーベルなんだ!
「よし、しろがねー、かくごー」
「おうよ!」
そして再び始まる「てやー」「やー」「いちゃい」気が抜ける掛け声の乱発。
「お、おい、レン坊」
「レン、副団長が呼んでるわよ?」
「んゆ?」
何?ぼく、今は忙しいの。
白銀の尻尾相手に稽古しているんだけど、あっちにふさふさ、こっちにふさふさしていて、当たらないんだよ?
「あのな、レン坊。稽古に夢中になるのはいいんだがな……」
ぼくに話しかけてきたのは、ブルーベル辺境伯騎士団副団長のマイルズ・ブルーランスさん。
役職だけでいえば、父様の部下なんだけど前騎士団長様なんだって。
父様の父様、つまり前辺境伯のときの騎士団長で、本当なら前辺境伯が退くときに一緒に辞めるつもりだったのに、父様のために騎士団に残ってくれているんだ。
まあ、そろそろ引退したいらしいんだけどね。
年は経ても、筋骨隆々の素晴らしい体躯のイケオジです。
名前に『ブルー』が入ってるのは、ブルーベル辺境伯の分家の印で、副団長さんは男爵家の出身。
「マイじい、にゃんのごよう?」
うん、ぼくのお口はマイルズが言えないので、「マイじい」呼びです、ごめんなさい。
でもマイじいは、にやにやと笑う口元を押さえて。
「いや、儂はいいんだがな……。レン坊がそこで剣の稽古をしていると、他の騎士たちが……」
ぼくがコテンと首を傾げながらお話を聞いてると、マイじいの後ろから、剣の稽古をアリスターとしていた兄様が現れた。
「……レンが頑張って剣の稽古をしていると、皆も励みになるってお話だよ」
「げっ」
ん?兄様が言ったあと、アリスターが凄いものを見る眼で兄様を凝視したかと思えば……今はお腹を押さえてしゃがんでいる。
大丈夫?アリスター、お腹痛いの?
「うぇっ、げほっ。だ、大丈夫だ」
「ヒュー……お前…」
兄様、マイじいにニッコリと笑って。
「騎士たるものいつも平常心。冷静に状況を見極めて、感情に左右されることなく…違いましたっけ?」
「だから、儂は問題ない。むしろ、癒されるわ。だがな……他の騎士たちが……」
兄様とマイじいが、剣の稽古をしている騎士たちを見回す。
んん?
なんか急にみんな咳払いしたりして、慌てて剣を交え始めたけど、どうしたの?
ぼくの後ろで白銀と紫紺とチルが、こそこそと内緒話。
「あいつら、レンのかわいい姿にメロメロだな」
「そりゃ、むさい騎士同士で剣で突き合うより、レンを見ていたいでしょうよ」
『いや、ちがうと、おもう。ふたりも、れんのことでは、ばかになるんだな。あいつら、れんのきあいに、ちから、ぬけてんだよ』
「マイじい……ぼく、ここでおけいこ、じゃま?」
「うっ!」
はっ、と胸を両手で押さえる泣く子も黙るブルーベル辺境伯領騎士団副団長、「蒼い槍炎」の異名持つ猛者。
「レンが一緒に騎士団の稽古場で剣の稽古してくれるの…僕は嬉しいんだけどな。父様も許可しているし」
ギロッと騎士たちを睥睨するヒュー。
「みんなに聞いてみたら?レンがここで稽古してもいいかって」
「おい!ヒュー!…そ、それは…」
絶対にダメっていえないやつじゃん……と、アリスターは思った。
「いや、もう儂も許可する。邪魔してすまんかったな。なあに、稽古に身が入らん奴は、儂が直々に相手になればいいだけだった」
「そうですね。なら、僕もそういう騎士には、稽古の相手をお願いしたいなぁ」
「ふたりして……騎士団を壊滅させるつもりか……」
気のせいか、騎士の人たちが真っ青の顔で涙目になってるよ?
「はて?」
なんでだろうね?
さあ、ぼくももっとお稽古しなきゃ!
「しこーん。つぎは、しこんがあいて、して」
「いいわよ。手加減しないんだから!
『おまえら、あそんでんの?』