神様の日記帳 2
皆様、お久しぶりです。狐の神使です。
今日は、日本のお社でお仕事中です。
あ、神様もお仕事してますよ、珍しく真面目にね。
桜の季節はいろいろと詣でになるお客様が多く、神社は忙しいのです。
まあ、受験や結婚、夏休みや年末年始と、とかく忙しいのですが。
表の顔である、人間の神主や巫女たちも働いております。
私たち神使も、相変わらずの社畜ぶりですよ。
神様も真面目に働いているので、文句は無いのですが…真面目に働いてますねぇ。
おかしい……。
あんなに異界の箱庭に夢中だったのに……。
あの子供のことは、もういいのでしょうか?
ストーカーばりに生活を盗み見て、とっても気持ち悪かったのに……。
大人しい神様なんて、ちょっと不気味です。
しかし、あちらにも仲間の狐の神使がいて、神様があちらに渡ってシエル様としての活動に時間を取られすぎないよう、見張っているのですが……。
特に問題は無いとのこと…益々、不気味です。
狸の神使は少々神様に甘いところがありますので、主に他の神様への使いに出していて、神様のサボりに協力できるはずもないですし……。
私はくるっと前方宙返りをして、人の姿に変身します。
今日は、ここら辺の神使たちの会合があるので、私はお出掛けなのです。
神様……大人しくしていてくださいね。
昼餉を共にしながらの会合を終え、和菓子を土産に社に戻った私の目に映るのは、黒い塊を抱いてガクブルする神様の姿でした。
「ふうーっ、ここまでハーヴェイの森の奥に来ると、魔獣も高ランクになるわね」
「なんだ?久しぶりにふたりで冒険者ギルドの依頼を受けようなんて誘うから何事かと思えば、ストレス発散か?」
銀色の髪を無造作に後ろでひとつに括った白銀が、持っていた剣の一振りで腕が4本ある凶悪な熊の魔獣を倒す。
「それもあるけど……そろそろ、限界がきそうで」
アタシは、目の前をヒラヒラと飛ぶ魔獣ならぬ魔虫の蝶々が毒粉を振りかける前に、風の刃を飛ばしバラバラにする。
「なんの話だ?」
「そろそろ帰ろうかしら。ねえ、アタシが隠微魔法かけるから、こっそり街に戻るわよ」
「はあ?なんで?俺たちの人化した姿は別に隠さなくてもいいだろう?」
「姿を隠す理由があるのよ!レンのためでもあるんだから、いい?」
「お、おう」
ギルドに持ち帰ったら売れる素材と、討伐証明の箇所と肉を持って帰る。
手が汚れるので、解体は白銀にやらせて、アタシの収納魔法に入れて、と。
「あ、門に入る前に、また森に戻るから、よろしくね」
「はああああっ?な、なんで?」
「なんでもよ!」
ギロッと睨むと、白銀はビクンと体を硬直させたあと、ガックンガックン頷いた。
誰も見ていないところは魔法を使って高速で移動して、森の浅い他の冒険者たちが活動しているところで、ゆるゆると歩く。
「いた」
「ん?」
アタシは、さらに隠微魔法をかける。
アースホープ領で使った魔法より効果を強くする。
じゃないと、アレは気づいてしまうかも。
アレの姿は見えない。
だから感覚を研ぎ澄ます……、あー、アタシじゃダメね……。
「ねぇ、なにか、感じない?」
「は?お前どうした?今日、訳がわからんことばかり言ってるぞ?」
「そうねえ…、白銀、目を瞑って見られている方向を指差してみて」
白銀は困惑した顔を隠さないまま、目を瞑り「むむむ」と唸る。
待つこと、暫し。
白銀の顔がある方向に向けられる。
アタシは、白銀の指差す方へ、問答無用で風の矢を3発撃つ。
バサササッ!
姿は見えないが、何かが落ちた音がする。
「行くわよ!」
白銀の背中をバチンと叩いて、音がした方へ駆け出す。
そして、そこに落ちていたのは……。
「おいおい、紫紺、これって……」
「本当に…あの方は……」
アタシは、額に手を当てて空を見上げた。
「どういうことなのですか、神様?」
私の前には、手当をされた痛々しい姿の黒い塊…八咫烏様が伏せっている。
「なぜ、このようなことに?」
「うー、ちがうちがう。たださぁ、あっちにばっかり行ってると神使たちがうるさいから、僕が居なくてもレンくんの様子が分かるように……て……」
私はギラリと神様を睨みつける。
「それで、わざわざ他の神様に頼んで、八咫烏様をお借りして、わざわざ神様の箱庭に行ってもらい、レン様を盗み見していたのですか!この忙しいときに!」
「ひっ!」
カメのように首を竦めても許しませんよ!このボンクラ神様!
「しかも、しかも聖獣レオノワール様にこっそり盗み見ていたのがバレて、魔法で攻撃されて、八咫烏様が傷を負ったというのですか!」
「ひぃぃぃっ、ご、ごめんなさーい」
泣いて土下座しても、ダメですよ。
だいたい、貴方、神様のくせに土下座のしすぎで、全然ありがたみがないですし。
はーっ、と額に手を当てて、おっと人型のままでしたね、私。
ポワンと術を解いて狐の姿に戻ります。
そこへ、別の神使がススッと寄ってきて、私に差し出す幾つかの水晶。
はて?なんですか、これ?
その神使に促されるままに、ぽちゃんと水鏡に入れて見ます。
そうすると、徐々に映像が映し出されました。
「つまり。シエル様に頼まれて、レンを覗いてたのね!」
羽と腹に矢を受けた見たこともない三本足の黒い鳥は、クエッと弱々しく鳴いた。
この黒い鳥はアースホープ領に行く旅路から、そのあとまでずーっと感じていた視線の主だ。
「おい、一応シエル様の使い魔だろう?いいのか、手当しなくて?」
「はあぁぁぁっ? 仮令シエル様の命令でも覗き見していたのは事実でしょうが! だいたい、神様ともあろう方が、なんで使い魔なんかに覗き見を命令すんのよ! おかしいでしょうが、いろいろ」
「いや、シエル様は、いろいろとおかしいだろうが……」
白銀が疲れた顔で、はーっとため息を吐く。
アタシは、それもそうねと思い直すと、その黒い鳥の羽を両手で掴んで持ち上げ、凄んだ顔で。
「いい?どうしてもレンの様子が知りたくて覗き見したいなら、シエル様が直々にアタシたちに許しを得るように言っておきなさい。次、また見つけたら……もぐわよ?」
「クエエエェェェッ!」
黒い鳥は涙を振りまきながら、いやいやと首を横に振る。
「白銀、開いて」
「あいよ」
白銀が吠えると、空間に裂け目ができる。
アタシはその裂け目に鳥を投げ込んだ。
これで、あっちに帰れるでしょう…次元の境目に迷わなければ…ね。
「なんてことですか……。貴方、あの方たちの信頼度ゼロだったのに、マイナスになりましたよ?もう、挽回できませんよ、これ」
「うわあああああぁぁん」
いや、泣かれても困るんですけど……。
とりあえず、八咫烏様があちらの神様にクレーム入れたら、今年の出雲が荒れるので、私たち神使は神様を放っておいて、八咫烏様を接待するのでした。
はああぁぁぁ、転職…しようかな……。