神獣クラウンラビット 6
この箱庭を破壊すると決めて暴れ出したときには、既に同胞たちは正気を失い、人が発する負の意識、瘴気に神気が混ざったものを巻き散らしていた。
それは、人の心を闇に染めて悪事を促し、さらなる悲劇を生む。
その悲劇から、人々が深く悲しみ絶望し、また新たな瘴気を発生させる。
その様を見て、ほくそ笑んだ俺は、意図的に瘴気に自分の神気を混ざ合わせ、あちこちにバラ撒いた。
ただ……エンシェントドラゴンとリヴァイアサンが守る地には奴らの神気が満ちており、黒い瘴気を蔓延させることは叶わなかったのだが。
あまりにも箱庭の命の消滅が多すぎたせいか、下界には干渉しないとしていた創造神シエルが動いた。
狂った同胞たちが次々と神界に連れていかれ、姿を消した。
抵抗した俺も、縄を持ってわらわらと湧いて出てくる狐と狸に囚われて神界へと連行された。
……神界で、神を殺すのもいいだろう。
その細首を噛み千切ろうか? 後ろ足でその身を踏み潰してやろうか?
結局、創造神シエルを殺すことはできなかった。
俺と同じ悲しみに浸り、同じ憎しみにその身を焼いていた同胞たちは癒しの眠りを与えられ、神界の端にオブジェのように飾られることとなった。
俺は抵抗した。
眠りなどいらない。
癒しなど必要ない。
俺が望むのは箱庭の崩壊。
神殺しだ。
眠りなど、癒しなど、神の自己満足だ。
俺は……俺は……。
「シエル様、お下がりを!」
「邪神への変貌の兆候あり!」
目の端に、悲痛な顔をした神と大慌てで右往左往する神使たちの姿を映す。
邪神……。
それもいいとすべてを委ねようとしたとき、あの子の声が聞こえた気がした。
最後にあの子は俺に何を言い残そうとしたのだろう?
なんとか、邪神へと変貌しつつあった神獣クラウンラビットを封印することに成功した。
神界では、いずれ溢れる神気を吸収しクラウンラビットが目覚めて封印を解いてしまう恐れがあったので、彼が守護していた地に封印することに決める。
そう……神気を与えるのは危険と、封印には創造神シエルの神力を使うことは躊躇われた。
そのため、「浄化」の能力を与えた精霊たちの力を使うことにしたのだ。
四大精霊王と光と闇の精霊王。
その補佐として、それぞれの上級または中級精霊たち。
その力を増幅する神具の楽器を、精霊と契約した心清らかな人へ託し、封印の儀は行われた。
神獣クラウンラビットの抵抗する力は強く、また発する瘴気は凄まじい。
人だけでなく、その地も、水も、風も、火も汚染し、この箱庭を崩壊しようとしていた。
封印の儀を行っていた精霊や精霊王たちも、その前の神獣聖獣たちの浄化によって、すでに精霊力は尽きようとしていたのに。
「仕方ない……我が身でこの神獣を封印しよう」
一人の精霊王が覚悟を決めてそう言い放つと、他の精霊王は顔色を変えて制止する。
「いけません! 貴方様は決してこの箱庭からは失われてはならない精霊王なのです!」
「そうです! しかし……それは我々四大精霊王にも言えること……」
封印の楽曲が奏でられる中、精霊王たちは神獣クラウンラビットの封印の困難さに口をむっつりと閉じる。
我々六人の精霊王は、箱庭の自然を担っている。
正直、神気を隅々まで充満させる役目しかない神獣聖獣など、箱庭の要であるエンシェントドラゴンとリヴァイアサン以外は必要ないのでは?
今回の争いのせいで、創造神シエルは神の慈雨を振らせることを決断した。
山や海、丘や川の形は変わり、淘汰される種族も多いが、最初の目的であった箱庭の定着は、慈雨に含まれる神気で完成する。
「殺しちゃえば?」
面倒になったのか、火の精霊王が封印ではなく神獣クラウンラビットの消滅を画策しだすと、同意する精霊王が頷いていく。
あのダ神には「封印失敗しちゃった」とでも報告すればいいだろうと、風の精霊王も封印ではなく殺処分に賛成した。
「ダメです」
「光の……」
「神獣クラウンラビットは封印します。これは神が決めたことです」
「だが……」
光の精霊王は四大精霊王たちの上位精霊王。
彼女の決定には逆らえない。
精霊王たちは、彼女と対になる精霊王へと視線を投げるが、彼は先ほど自身の命を投げうって神獣クラウンラビットを封印しようとしたのだから、四大精霊王たちの味方をしてくれるわけがない。
「だから、我が身で……」
「それもいけません。私と貴方の力で封印しましょう。封印の儀のあと……私たちは長い眠りにつくことになりますが……、それでも私たちが封印しこの箱庭を守らなければいけません」
「光の……。そうだな、我とお前ならば、光と闇の力ならば強固な封印が施せよう」
光の精霊王と闇の精霊王は手を取り合い、大きく真っ黒な闇と化した神獣クラウンラビットと向き合う。
「闇の!」
「光の!」
四大精霊王の制止の声も届かない。
楽器の奏でる音が一際大きく響いたとき、真っ白な光とともに神獣クラウンラビットは封印され、光の精霊王と闇の精霊王は深い眠りについたのだった。