神獣クラウンラビット 4
「うさしゃん」
兎がベースになっているのは否定しない。
神獣クラウンラビットだがな!
「うさしゃん?」
……もう、兎でいいよ。
長い耳を優しく撫でる幼子に、神獣として敬えと望んでも無理というもの。
俺は大人しくその子の腕の中で、撫でられてやる。
ち、違うぞ?
撫でる手が気持ちいいのではないぞ?
うっかり寝こけて、人の子に見つかったのが恥ずかしいのでもないぞ?
「うさしゃん!」
この子が……俺を見つけて抱き上げているこの子が……まだ幼く、目がみえないからだ。
巫女。
こんな幼い、呂律も回らない子どもに「巫女」という役目を押し付けて、オアシスに建国された王と神官たちは水の加護を祈り続けていた。
どこの神に祈ってんだ?
水……、水魔法が得意な同胞のことか?
水ならリヴァイアサンだが、あいつは水というより海だからなぁ。
聖獣はどいつも魔法のコントロールが得意だが、単純に威力で評価するなら神獣になる。
水……、フェンリルは氷らすしフェニックスは火が得意だからなぁ……。
じゃあ、エンシェントドラゴンのことか?
確かに、あいつの魔法は神に匹敵する威力だが……面倒くさがって使わないしなぁ。
俺はコテンと首を傾げた。
人が祈りを捧げる神の存在がわからない。
そんな神に何を祈るのか。
なぜ、その神の使いとしてこの幼い子が巫女となっているのか。
わからなかった。
だから、俺は小さい兎の姿でその子の側にいることにした。
どこぞの間抜けが「神」と詐称して、人を騙しているのか探るために。
幼子は、オアシスでだらりと体を伸ばして休息する俺の元へ、足繁く通ってきた。
手には必ず俺に与える木の実を持って。
「うさしゃん、食べて」
差し出された手の平にポツンポツンと置かれた木の実を、兎の前足で持ち小さな口でカリカリと齧った。
「おいちい?」
美味しくはない。
あと……たまに兎どころか人が口にしてはいけない木の実が混じっている。
俺は神獣クラウンラビットだから食べても大丈夫だが、普通の兎だったら泡を吹いて倒れているぞ。
カリカリ。
せっかくの好意だから、俺は食うけども。
このとき、俺はこの子に向けられている悪意に気づくべきだった。
目が見えないこの子が、俺の餌を自分で調達できるわけがない。
誰かに頼んだのだ。
兎に与える餌がほしいと。
そして渡されたのは、小動物に与えてはいけない木の実だ。
でも俺は、呑気に幼子が自分を撫でる気持ちのいい手に身をゆだねるだけだった。
神獣にとっては瞬きするほどの時間だったが、数年が過ぎた。
幼子は少女となり、バタバタと走り回ることもなくなり、口を大きく開けて笑うこともなくなった。
見えない目を閉じて静かに微笑む少女は、まさに神の使いと称えられる神聖さがあった。
しかし、昼の時間にオアシスの端で兎と戯れる習慣は変わらない。
「兎さん、美味しい?」
だから……美味しくはない。
カリカリ。
なんとなく、この幼子が心配で同胞の様子を見に行くことも減ってしまった。
そのせいか、いま奴らは醜い領土争いに身を投じている。
そろそろ、奴らにガツンと言いにいかないと……。
もう面倒だから力技で抑え込んで、神界に放り投げよう。
創造神シエルにすべてをまる投げしよう。
だいたい、俺は地の守護を命じられたが、同胞の面倒や尻拭いまでは命じられていない。
その間、この子か心配だが、まさか神の使いと崇めている巫女を害しようとは思わないだろう。
俺はペロリとその子の手を舐めたあと、同胞の始末へ向かうためぴょこぴょこと跳ねてその場を後にした。
その子がなぜ巫女として敬われていたのか、その真実に気づかないまま。
そして、同胞たちはものすごく愚かだった。
ほんの数年、目を離しただけなのに……どうして、箱庭を破壊するほどの混沌が……。
フェンリルはもう理性がない。
フェニックスは再生能力を失うほどに疲弊している。
レオノワールは怒りで自我が失われ、あらゆる場所から生気を奪い取っている。
ホーリーサーペントは相変わらず引き籠りだが、神獣聖獣を捕らえようとする者たちから逃げ惑いパニック状態だ。
ユニコーンは気に入っていた乙女族が死滅したせいか、狂気に包まれ命あるものを片っ端からその角で刺し貫いている。
……なんだ、これは!
自分の言葉など耳には届かない同胞の姿にショックを受け、俺はそのまま神界へと飛んだ。