神獣クラウンラビット 3
ヒクヒクッと鼻を動かし、ぴょこぴょこと跳ねて移動する。
うっかり寝過ごしてしまったら、守護する地のど真ん中にオアシスが出現していて、既にキャラバン隊で賑わっていた。
マズイ。
人というのは、どこからかわらわらと湧いてきて、あっという間に集団になり、統治者が現れ国を作る。
その国がどこかの国と争い、血が流れる。
マズイ。
同胞に散々偉そうに苦言を呈し、自分こそが神獣の調整役と任を担っていたのに……、自分の足元にトラブルの元が作られていた!
奴らにバレる前に、このオアシスを偵察し、集まる輩の質によってはこのオアシスを破壊しなければ!
ヒクヒクッ。
ぴょこぴょこ。
疎らに生えた草の陰から様子を窺うと、いくつかのキャラバン隊が水浴びしたり水を補給したりしながら、和やかに談笑している。
布を張った簡単なテントがあちこちにあるが、何か建物が建てられている様子はまだない。
しかし……日干しレンガらしいものがある。
たぶん、ここをキャラバン隊の中継地としていくのだろう。
マズイ。
そのうち、管理者が統治者となり王となる。
ここに、人の王国ができてしまう。
俺は頭を抱えながら、打開策が浮かばないまま、とりあえず同胞の様子を見てこようとその場を後にした。
現実逃避ともいう。
ぴょこぴょこ。
人に見つからないように大きな体躯を縮小して小さな兎と化した俺の後ろ姿を、丸い尻尾とプリプリとしたお尻を、誰かにじっと見つめられているのに気づかないまま。
ぴょこぴょこ。
まずはエンシェントドラゴンとリヴァイアサンに挨拶してこよう。
山の頂にいるエンシェントドラゴンは動いていないだろうが、あいつもヒマを持て余しているから油断はできない。
その後は、リヴァイアサンのところだ。
俺の愚痴もたっぷりと聞いてもらうつもり。
ただ……リヴァイアサンは海深くにいるから、地上や同胞の情報に疎い。
俺が寝ていた数年の間、何も起きていないといいのだが……。
そんな甘い考えは、エンシェントドラゴンとリヴァイアサンのあとに訪れた氷に閉ざされた地で粉砕された。
ど、どうしてなのだーっ。
「フェンリル。なぜ人狼族の守り神になったのだ、しかも、今度は人狼族と人との争いに首を突っ込むとは!」
「うるさいっ。庇護していた奴らがやられたんだ。仕返しするのは当たり前だろうがっ」
違う違う。
俺たちはこの地を守護するように命じられたのだ。
出来立ての箱庭は脆い。
それを強固にするためには、隅々にまで神気を巡らせなければならない。
だが、創造神シエルは神気の扱いがへったくそだった。
だから、我ら神獣聖獣が各地を守護し神気を巡らせる役目だったのに。
人を守護するのが役目ではないと、何度言っても同胞は聞きはしない。
アホかーっ!
ブチブチと文句を垂れてフェニックスのところを訪ねたら……ぐつぐつと火山からマグマが……。
なにやってんだーっ!
「え? 俺様に仕えていた下僕が戦場に行ったきり戻ってこない? イライラしたから火山に突っ込んだ?」
バカか!
俺はとにかく大人しくしていろと、フェニックスの頭を殴っておいた。
まったく、手間がかかる……。
こいつら以外も似たようなものだ。
聖獣までもが軽はずみな行動で、俺を発狂させようとしている。
レオノワールは、森の小人族の付き合いで人里と行き来してるし、なんだかエルフ族と不穏な関係だし。
ホーリーサーペントは、とにかくその体の大きさから周りに警戒され、その周りの状況に本人がビビッて奇怪な行動に出るという負の連鎖。
デカイからだ、と忠言し人化するよう勧めたら、着る服がわからないとかぬかしやがる。
神界の神使にでも相談しろっと投げやりに答えたら、あいつ……シエル様に相談しやがった。
ルンルン気分で着ているその服……シエル様の元の世界の衣装だからな?
こっちの箱庭では、珍妙な恰好に映るから……やっぱり警戒されてやんの。
あと……ユニコーン。
なんで、神子の使いって名乗ってんの?
お前は聖獣で、その女の子の下僕じゃないでしょ?
乙女族だかなんだか知らないけど、お前の主は創造神シエル様で、その人じゃないだろうがっ。
あ……頭が痛い。
自分の持ち場に戻った俺は、心身ともに疲れ果てたのか、パタリとオアシスの畔で倒れてしまった。
痛い頭でも、自分の体躯を縮小し兎姿で寝こけた俺は素晴らしいと思う。
ま……人に見つかって、抱っこされて持ち帰られていなかったら、もっとよかったんだけどね。