家族の悩み
誤字報告ありがとうございました!
ヒューバートの場合
僕には、とってもかわいい弟がいる。
小さくって、ちょこちょこ動いて、上手にお喋りできなくて、大きい瞳で僕を「にいたま」て呼ぶ、かわいい弟。
母様の実家があるアースホープ領の春花祭に、家族で出かけたらまたもや事件に巻き込まれた。
いや、今回は弟……レンが自分から巻き込まれて行ったんだけど、僕も将来は騎士になるため鍛錬しているんだから、犯罪に知らんふりはできないよね。
ふたりと白銀、紫紺たちだけで動いたら、父様たちにめちゃくちゃ叱られたけど、まあ、いいか。
レンからは「にいたま、すごくかっこよかった!」とキラキラした憧れの目で見られて、気分良かったし。
そのときに知り合った、狼獣人のアリスターも僕の剣の稽古相手、将来の従者として引き取ることもできたし。
事件も解決……は出来なかったけど、被害も最小限に抑えることができたし、何よりお祖父様の領地が守られたもん。
ただ……、僕は今、とっても悩んでいる。
僕の怪我をして動かなかった足も治り、日々騎士になるために稽古と勉強に励めることや、母様への呪いも解呪できて、もしかしたらレンの他に弟妹ができるかもしれないこと。
レンが来てから、僕たちの家族は嬉しいことばっかりなんだけど……。
レンがいまいち、遠慮がちというか……、余所余所しいときがあるというか……。
レンの保護者でもある聖獣レオノワールの紫紺は、「時間がかかることなのよ」と慰めてくれたけど……。
はーっ、早くレンにちゃんと家族として兄として、心の深いところに入れて欲しいな。
もっと頼って、甘えて、迷惑をかけてもいいから、我儘を言って欲しい。
今回のことだって、お祭りが終わってブルーベル領に帰ってきてから、僕たちに迷惑かけたとレンはずっと元気がない。
アリスターに会わせて、ブルーベル辺境伯騎士団で引き取った話をしたときは、喜んでいたけど。
ううーん、とにかく僕はもっと剣の稽古を頑張って強くなって、レンの兄として頼もしくならなきゃ、ダメだな!
悪い奴らと剣を交えたときも、結局レンの危ないところを助けたのは白銀だったし、僕はチロの魔法で腕を失わずに済んだしね。
よし、アリスターを誘って稽古しよう!
あいつも親が高ランク冒険者だったらしくて、剣の素質があるみたいだし。
僕とやり合っていたら、その内に強くなるだろう。
僕もより練度の高い稽古ができるし、レンの護衛としてもアリスターは役に立つだろうし、いいことばかりだね。
気になるのは……あの道化師の男の目的だ。
アリスターの妹はずっと精神を操られていて、ぼんやりとした意識しか保てなかったらしいけど、何日かに数10分だけ意識がハッキリしているときがあったらしい。
そのとき、道化師の男が話していたのは「魔法陣に注ぐ血」「魔力の塊」「幼子の血」という物騒な言葉ばかり。
道化師の男は連れ去った子供の血を何かの魔法陣に注ぐつもりだった?
その魔法陣の効果は何?
いずれまた、あの男に会うときがあるかもしれない。
そのときのために、もっともっと強くならなきゃ!
アリスター!剣の稽古するぞー!
なんで、そんな不機嫌な顔してるんだ?
早く、剣を持ってこっち来いよ!
ギルバートの場合
ここ数日、騎士団本部の団長執務室に缶詰で仕事をしている。
はーっ、剣を握りたい。剣を振りたい。馬に乗って走りたい。
俺が逃げ出さないように、屋敷からセバスが付いて来ているのも、なんか腹が立つ。
「なんですか?」
「……。この王都からの報告書がな……」
話を逸らそう。
「例の魔道具の報告ですね。大分昔に流行った玩具の魔道具と同じ構造だった、ですか。笛の音色で従魔が後を付いてまわる。もしくは踊りだす」
「ああ。テイマーの間で流行ったらしい。低級な魔獣にしか効かないらしいが、子供に効く効力はないそうだ」
ふむ、と顎に指を当てて、セバスが報告書をペラリペラリと1枚1枚捲っていく。
「笛の形状について不明と書かれていますね。本来は立て笛の形で今回使用された笛のような形状は珍しいと……」
「うっ……。言えないだろう、レンが形を変えたけど、元は立て笛だったなんて」
そんなことを、魔術師団に報告してみろ。
あっという間にレンを王都に連れて行って、実験、実験、また実験の日々だぞ?
「ん?ギル。アースホープ領と王都とのやり取りに使われていた鳥系従魔の報告に、変な箇所があるぞ。なんだ、見たことも無い鳥系の魔獣を発見って?」
「ああ、なんかアースホープ領の近くに黒い鳥が1羽飛んでいたらしいが、報告にない魔獣だったらしい。特に危険な行動もなかったが、一応、騎士団で鳥系の従魔がいる小隊を組んで見回りをさせている。…見つかっていないが…」
「…新種の魔獣か…」
「しかし、あの辺りにはダンジョンもないし、森もない。スタンピードの可能性は少ないだろう」
セバスは少し考えたあと、またペラリと報告書のページを捲る。
すっかり騎士団の仕事モードに入った奴は、俺のことを昔のように「ギル」と呼んでいることに気づかない。
はーっ、しかし……レンのことはどうしようか……。
とりあえず俺の養子にしたことは、辺境伯から王家に連絡はしてもらった。
だが、神獣と聖獣と契約していることは内緒にした。
あの方たちが人族や他の種族に心を傾けることは無い……はずだったからだ。
レンだけが特別。
俺たちはレンの家族として認めてもらったから、言葉を交わしてもらえているだけ。
でもな…馬鹿な奴はどこにでもいるからなぁ。
下手をしたらレンを利用して、白銀と紫紺を自分たちの手駒として扱おうと思う奴らがいないとも限らないし、それが王家ではないという保証もない。
レンが俺たちに全幅の信頼を向けていてくれればと思うが…レンは俺たちのような大人が怖い。
まだ遠慮がちだし、余所余所しいし。
我儘言わないし……。
ヤバい、俺が落ち込んできた。
ヒューの他に護衛をと思ったときに、都合よく事件に巻き込まれた狼獣人を保護することができた。
レンも気に入っているようだし、ヒューの剣の稽古相手にもいいし、アースホープ領主の義父上に無理を言って引き取ってきて、よかった。
うん、なかなかに剣の筋がいいしな!
ヒューの怪我が治って安心して、すぐに問題が起きた。
ヒューの稽古相手だ。
騎士団の若い奴らに任せていたんだが……ヒュー相手に本気になるときがあり、稽古中に危ないことが度々あったらしい。
しかも、危ないのは騎士たちのほうだという…。
うーむ、手練れの騎士たちに稽古相手をさせると、団長の身内贔屓と思われるし……。
頭を悩ませていたときだったから、まあ、アリスターの存在は丁度良かった。
他人まかせになるが、ヒューとアリスターならレンも怖がらないだろうし。
ああ、早くレンのトラウマが癒されて、父親の俺に甘えて我儘言って困らせてくれないかなー。
「ギル、サボるな!」
イタッ!
ちっ、叩くなよ。俺、主人だぞ?