神様の日記帳~精霊王の集い~
神様の箱庭の世界『カラーズ』、その創造神であるシエル様が狐や狸の神使とお仕事をする神界には、珍しいお客様が訪れているようで……。
「いつまでもグチグチ言ってないで、そこにお座りなさい」
ビシッと指差された場所に、口を尖らせて不満そうに座るのは風の精霊王だ。
いつものように、神獣エンシェントドラゴンにストーカーしていたところ、闇の上級精霊であるダイアナに捕まってここまで連れてこられた。
右隣に座っているのは土の精霊王で、左隣に座っているのは水の精霊王。
真正面に座ってニヤニヤと笑っているのは火の精霊王だ。
そして……なぜかテーブルの端でブルブルと震えて身を縮まらせているのは、この世界の神であるはずの創造神・シエル。
「なんで、みんながいるの?」
コテンと首を傾げて尋ねれば、ダイアナの真っ赤な口紅が塗られた唇がニィーッと笑みの形に歪んでいく。
「ひっ!」
「静かにしていろ、風の。だいたい察しがつくだろうに」
「本当だよ。そろそろだと、わかってんだろう?」
「みんなで責めたらかわいそうよ。水も火も。風はずっと行方知らずだったのだから、状況がわからないかもしれないわ」
自分のことを貶されているのか、同情されているのかわからなくなった風の精霊王は、珍しくもその軽い口をギュッと閉じた。
「あ、そういえば、こいつの精霊だけ、まだレンたちの仲間と契約してなかったな。じゃあ、精霊たちからの報告もないだろう」
ポンッと手の平を拳で叩いた火の精霊王は、風の精霊王にとって未知の言葉を並べた。
精霊と契約?
レンの仲間?
いったい、なんのことだろう?
水や土、火の配下の精霊たちは、確かに人や獣と契約を結び、生きることを助けてやることもあったが、風の精霊たちは気まぐれで、そもそも誰かに執着することもない。
それなのに、契約だって? あり得ないよと、また首を傾げた。
風の精霊王の自分はベッタリと神獣エンシェントドラゴンに執着しているのを棚に上げて。
「ちょっと、シエル様。そんなところで遊んでいないで、ちゃんとこちらの話し合いに参加してください」
ダイアナにびよ~んと耳を引っ張られて半泣きの神様がこちらへ顔を向ける。
「ひ~ん、痛いよぉ。ぼ、僕は神様なのにぃ。ダイアナがひどいっ」
パンパンッとシエル様をスルッと無視したダイアナが両手を叩き、精霊たちの視線を集中させた。
「そろそろ、本題です。とうとう……神獣クラウンラビットが動き始めました」
神獣クラウンラビット。
神獣の中では一番マトモな思考の持ち主で、慈悲深く神獣同士の調整役でもあった。
風の精霊や精霊王は一か所に留まることを厭うから、神獣や聖獣とは親しくなかったが、それでもクラウンラビットは話しやすくいい奴だったと記憶している。
あの……世界が巻き込まれた争いが起きるまでは……。
結局、シエル様が創った神獣と聖獣は二柱以外、神界で癒しの眠りにつくことになった。
神界で眠り、瘴気となった神気を少しずつ浄化していくのだ。
大切なモノを失った悲しみとともに。
だが……クラウンラビットだけは癒しの眠りを受け入れることを拒否した。
どうしても、どうなってでも、この箱庭を壊すのだと、怒りに囚われていた。
クラウンラビットは、その禍々しい瘴気を我ら精霊王と精霊と契約した術者の手によって、世界の底に封印された。
長い間……人も精霊も神さえも忘却するほどの時間が経てば、解放されるかもしれない、永久の牢獄に。
それが……水が染み出るように、土が全ての命を育むように、火の熾火が消えぬように……風が遍く吹き渡るように、クラウンラビットの瘴気は世界から消えなかった。
その瘴気を利用し、世界に混乱を齎そうとする悪人の存在も、ダイアナは気づいてるという。
「だとしても、戦力不足だろう? シエル様の創ったポンコツの後始末のせいで、こちらの最大戦力の精霊王が眠りについたままじゃあ」
風の精霊王はつまらなさそうに髪の毛をいじりながら、そう指摘する。
シエル様は精霊王たちの顔色を窺っては、ビクビクと体を震わしていた。
「……彼の君は目覚めます。急速に力を取り戻すため、いまは人の体の中にて眠っていますが、必ず目覚めます。そのため……他の重要人物を捕獲……ゴホン、見つけ出す助力をお願いします。特に……そこの駄神と放浪精霊王!」
キョロキョロと周りを見回すシエル様と風の精霊王に、他の精霊王や狐と狸の神使から冷たい視線を浴びせられる。
「至急、ヤツ……光の上位精霊と風の精霊との契約者を。あの方は私が護っていますが、我が君の守護を頼りない神獣たちに任せている状態です。一日も早く、あのバカ……じゃなかった、光の上級精霊を連れてきてください! あ、風の精霊王は配下の者を人と契約させるように。レンの身近な人を選びなさい」
「ほぇ?」
レンって……確か……エンシェントドラゴンに名前を付けていた……子ども?
それより、配下の精霊で人と契約するような奴……いるかな?
「風の。誰もいなかったら、心当たりがあるぞ、昔、むか~し、おイタした風の精霊を閉じ込めてやったことがある。そいつに命じればいいのでは?」
「それ、だぁれ?」
はて? 自由気ままに過ごす風の精霊たちだから、長い間会わなくても気にしてなかった。
火の精霊王に閉じ込められた子は誰だろう?
「うむ。それが、あまりに昔のことでな。どこに閉じ込めたか忘れてしまった。わーははははっ」
「なに、それ」
こうして神界で今後の大事な話し合いをしている間に、ブリリアント王国の王都で瘴気騒ぎがあり、浄化のできる精霊としてダイアナが大捜索されていたし、大好きなヒューの頼みで水妖精のチロがチルを巻き込んで精霊界を飛び回っていたことを彼らは知らない。
いつも「ちびっ子転生日記帳」をお読みくださりありがとうございます。
とうとう、次の章が最終章になります。たぶん……その予定です。
皆様のおかげで長い間、更新を続けることができ、嬉しいことに書籍化、コミカライズ化できました。
書き終わってしまうのは淋しい気持ちがありますが、最後までお付き合いいただければと願います。
最終章の準備期間がとるため、更新再開までしばらくお待ちください。
予定では、更新再開を9月半ば頃としております。