風の精霊の気まぐれ 5
王都で開かれた剣術大会は、ヒヨコクラス以外の優勝者が未確定のまま、幕を閉じた。
ぼくたちは騒がしい王都から逃げるように、ブループールの街へと帰ってきたけど……父様はいろいろとお仕事があったのでは?
「……早くブループールへ帰るぞ、王都にいたら、アルフレッドの奴にこき使われる」
「いいんじゃないですか? あとは魔道具の出所の調査と市民が納得する筋書きを用意することですから。身内から出た膿の処理で宰相様が頑張ってくださるでしょう」
父様の意見に珍しくセバスが賛成したので、ぼくたちは紫紺の転移魔法でバビュンと帰ってきました。
せっかく、兄様とアリスターの試合に母様やリカちゃんを招待しようと思っていたのに、黒いモヤモヤ騒ぎで王都に呼べなかったの。
だから、お屋敷に帰ってきて、出迎えてくれたリカちゃんを抱っこした母様へ、ぼくは猛ダッシュしました。
「かあたま~っ。ただいまーっ」
リカちゃんを抱っこしている母様に飛びつくのは危ないから、足にピタリとくっつきます。
「おかえりなさい、レンちゃん。ヒューも。あなたもおかえりなさい。みんなが無事で嬉しいわ」
ただいま、母様! リカちゃんもマーサもただいま!
セバスはセシリア先生とただいまのハグをして。
プリシラお姉さんとドロシーちゃんもニコニコ笑顔で迎えてくれている。
キャロルちゃんはアリスターとディディに、さっそくお小言をぶつけているみたい。
「アル~。ここがお前の縄張りか? なんでこんなに精霊が多いんだよっ。水と土もいるじゃねぇか」
「うるさいっ。この屋敷は兄の屋敷で、俺たちは居候なの! 俺の縄張りなんてないの! 本当に、お前との契約って白紙にできないの?」
ガクッと肩を落としたアルバート様に、空中をフヨフヨと漂っているリーズは、バンバンッとアルバート様の背中を強く叩き笑った。
「こんなに面白い奴、ボクが逃がすわけないでしょ。あ~楽しみだなぁ。しばらくは退屈しなくて済みそうだよ!」
「アル……」
リーズの機嫌の良さと反比例して、アルバート様たちの顔は悪くなっていく。
リンがアルバート様の名前を呟くが、どよんとした顔で黙るアルバート様に何も言えないみたい。
「んゆ?」
ぼくはチルとしているけど、精霊さんと契約するといいことばっかりなのに、変なの?
「レン。屋敷に入ろう。僕は少し疲れたよ。お風呂に入ってなにか甘いものでも食べようね」
「あい! にいたま」
お風呂に入るのは賛成です。
ちなみに「お風呂」のワードに白銀が逃げようとしたけど、紫紺がしっかりと尻尾を踏んでいた。
「ギャン!」
「あら、たいへん。尻尾をしっかりと洗ってもらわないと、泥だらけだわ」
「ピイピイ」
<ドン臭い奴め>
今日もぼくの周りは賑やかです!
王都では剣術大会の乱闘騒ぎにより、冒険者ギルドへのペナルティと違法魔道具の売買が行われていたとして商業ギルドへのペナルティが発表された。
実際は実害のないペナルティではあったが、王都民や旅行者へのアピールにはなったらしい。
こうして、日常の静けさを取り戻したある日の深夜。
月も出てない暗い夜の森に集まるナニか……それは神気を帯びた神聖で脅かしがたいものたち。
「で、それは神獣クラウンラビットの神気だったのか?」
「なに偉そうに言ってんだ。陰険執事の側で震えていたくせに」
フフンと自信に溢れた聖獣ユニコーン、翡翠の鼻をボッキリと折ったのは、神獣フェニックス、真紅だ。
「そんなに人が多いところで騒ぎを起こすなんて……。クラウンラビットの神気を使って何がしたいのかしら?」
頬に手を当てて、ほうっと息を吐くのは聖獣ホーリーサーペントの桜花で、桜花の言葉にうんうんと頷いているのは神獣エンシェントドラゴンの琥珀。
「さて、人の身に余る力を得て、何をなすのか……。しかし、儂らの力でこの世界を危険に晒すのはいかん。二度目は許されんぞ」
聖獣リヴァイアサン、瑠璃の厳しい視線が琥珀以外の仲間へと向けられる。
「わかってるよ。俺だって、もうそんなことはしたくないし……。レンたちには幸せに過ごしてほしい」
ひょこと首を竦めたのは神獣フェンリルの白銀で、隣で白銀をジロリと睨んでいるのは聖獣レオノワール、紫紺だ。
「アンタ……ずいぶんとマトモなことを言うようになったわね? やだわ、その年齢でやっと成長できたのね?」
「っるせ。お前だってレンたちにはのほほんと過ごしてほしいだろうがっ」
ガアーッと怒鳴る白銀から顔を背けた紫紺は、円陣を組むように座る自分たちの輪に欠けた一席に気づく。
「……クラウンラビットもここにいればよかったのに……」
「そうじゃな。奴はお前たちの尻ぬぐいをしてばかりで、損な性分じゃった」
「ボク、迷惑かけてないよ?」
「俺だってかけてない」
「むしろ、俺様が面倒をみてやった!」
神獣たちの自覚症状のないセリフに聖獣たちは半眼になった。
「とにかく、人の手では倒せない相手じゃ。今回の封印後は奴の身柄は神界に連れて行くぞ」
「「「おうっ!」」」
神獣と聖獣たちの気持ちが一つになったとき、一際高い木の天辺からバササッと黒い鴉が闇に紛れて飛び立っていった。
――――おまけ――――
「お~い、ヒュー。俺のところに間違って手紙が紛れていたぞーっ」
大きく腕を振りながら走ってくるのは狼獣人のアリスターで、そのうしろから火の中級精霊ディディを抱っこした妹のキャロルちゃんが追いかけてくる。
「おはよう、アリスター。僕に手紙?」
剣のお稽古でかいた汗をタオルで拭き、小首を傾げているカッコイイ少年はぼくの兄様です!
今日はぼくもお寝坊しないで、一緒に剣のお稽古ができたの!
「ほら、この差出人。ヒュー宛てだろう?」
アリスターから渡された白い封筒の裏を見て、兄様の顔が強張った。
「これは……例のミランダ嬢からじゃないか! あれ? でも宛名はアリスターだぞ?」
兄様はアリスター宛では? と言いつつ、封を破いて便箋を取り出し中身に目を通していく。
に、兄様? もしアリスター宛だったら、その手紙は人様の手紙なのですが?
「……っ。くくくっ。これはアリスター宛だ。ほら、読んでみろ」
アリスターの手に手紙を握らせて、兄様はニヤニヤと笑う。
そんな笑い方する兄様を初めて見ました!
「へ? 待て! こ、これって……」
手紙を読み進めるとアリスターの顔は真っ赤になっていきます。
んゆ? どうしたの、アリスター?
「兄さんったら、忘れ物よ。ほら……って、どうしたの? 顔が真っ赤よ」
キャロルちゃんに背後から声をかけられたアリスターは手にしていた手紙をヒラリと落としてしまう。
その手紙を拾って、少しだけ読んでしまったのか、キャロルちゃんの顔が真っ赤に染まっていく。
でも、その赤い理由はアリスターとは違うみたい。
「兄さん! ミランダって誰? なんでこの人と結婚の約束なんてしてるのっ!」
「ちがう、ちがう! 俺はそんなこと一言も約束してないっ!」
勝手に結婚の約束を知らない女性としたと怒ってアリスターをバシバシと叩くキャロルちゃんから、アリスターは「ひぃーっ」と叫びながら逃げていく。
「んゆ?」
ミランダじさんは兄様のことが好きだったはず?
「僕は振られてしまったみたいだね。彼女はアリスターがいいんだって。レン、かわいそうな兄様を慰めてくれるかい?」
「あい!」
もちろんです!
この後、ぼくと兄様、白銀たちで美味しいパンケーキの朝食を一緒に食べました。