風の精霊の気まぐれ 4
風の上級精霊リーズが発した「瘴気が具現化した姿は神獣クラウンラビットだ」の言葉に、白銀たちが沈痛な表情で口を噤み、セバスや兄様たちも複雑な顔で口を閉ざした。
ぼ、ぼくも、そんなみんなの様子に胸が痛くなって、何も話せない。
…………。
非常に空気が重くなっていく中で、その人は突然に現れた。
「あら? もう剣術大会は終わってしまったの?」
いつもはお城に住むウィル殿下の側にいる闇の上級精霊ダイアナさんが、フッと何もないところから現れた。
彼女の左右の肩には、見慣れた小さな妖精さんが立っている……って、ビューンと真っ直ぐに兄様のところへ飛んできた!
『ヒュー!』
ぼくだったら顔にビッターンとぶつかるけど、兄様は素早く飛んできたチロの体を両手で優しく包んであげる。
『ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。よーせーおーさま、いなかったの。みつからなかったのぉーっ』
チロは兄様の頬に縋りついておいおいと泣き出した。
そういえば、剣術大会の会場に黒いモヤモヤが出てきて「浄化」したいのに、ぼくはダメって禁止されて、ダイアナさんは王都にいなくて、水妖精のチルとチロに水の精霊王様を連れてきてくれるように兄様が頼んでいたんだっけ?
『でも、せーれーかいに、おーさま、いなかったんだ。あーつかれた』
フヨフヨとダイアナさんの肩からぼくの頭まで飛んできたチルは、べたぁとだらしなくぼくの頭の上に寝そべった。
「おーさま、いない?」
失礼だけど、水の精霊王様はあちこちに出かけるタイプには見えなかったけど?
「ふふふ。ごめんなさいね。まさか王都で瘴気騒ぎがあるなんて思わなかったから、ちょっと神界で精霊王たちとお話していたの」
ダイアナさんが小首を傾げて笑顔でこちらを見てくるけど……白銀と紫紺は警戒しているのか小さく唸っている。
「そんな怖い顔をしないでちょうだい。悪気はなかったのよ。まさか瘴気が再び王都を狙うなんて……。とにかく、貴方たちは陛下に事の次第を報告するんでしょ?」
ダイアナさんにチロリと視線を投げられた父様は、いやぁな顔をして頷いた。
「ああ。騒ぎの元が片付いたことと、市民が納得する説明を考えてもらわなければならない」
黒いモヤモヤのことは、みんなには内緒だものね。
なんだっけ? パニックになるとか、教会に人が押し寄せるとか? とっても怖い想像をするから、今はまだ内緒なんだって。
「あいつのこともあるし、みんなで王城の謁見室に行きましょう」
「えっ? あ、ダイアナ。転移するつもりだな? ちょっと待て!」
父様はダイアナさんの言葉に慌てて、アドルフたちを呼び寄せて、あれこれと指示をしていた。
いきなり、騎士の責任者がいなくなったらアドルフたちが困るものね。
「僕とアリスター、レンも一緒にですか?」
兄様が顔に「行きたくない」と書いてあるような表情でダイアナさんに声をかけると、彼女はひょいと片眉を上げて「もちろん」と言い切った。
そうして、ぼくたちはダイアナさんの転移魔法で王城へと移り、困った顔をした国王陛下様に剣術大会であったことを報告したんだ。
「……どこにいたのよ」
ダイアナさんが手を腰に当てて、自分の前に正座する風の上級精霊リーズにギロリと厳しい視線を浴びせる。
「うぐっ……。なんでこんな辺鄙なところにダイアナが……」
「辺鄙ですか……?」
ウィル殿下が悲しそうに兄様へ顔を向けると、兄様とアリスターはブンブンッと顔を左右に振った。
「ち……違います。違います。ブリリアント王国は大陸の中央にある国で、決して辺鄙なところではありません」
辺鄙って田舎って意味だっけ?
「風の精霊界に比べたら、こんな人族がうじゃうじゃといる場所なんて、辺鄙で面倒なところだよ」
「それは……くらべちゃダメ?」
『あったりまえーっ。せーれーかいとここは、ちがうとこー』
『バッカじゃないの。だから、かぜのはきらいよ』
ぼくの呟きにチルとチロが騒ぎだす。
「うるさいぞ、ちっこいの。だいたい、お前らなんなの? どうして人族と妖精が契約できんの?」
リーズに向かって二人はあっかんべーと舌を出した。
「こっちの質問に答えなさい。まったく風の精霊王といい貴方といい。風は自由過ぎるわ」
「しょうがないだろう……。ちょっとやらかして僻地に拘束魔法で括りつけられてたんだ。そうしたら、そこがダンジョンになって、益々抜けられなくなって、いやぁー困った困った。厄介な拘束魔法ごと、そこの契約者様が吹っ飛ばしてくれたから、ようやく自由になったってわけなんだ」
ビクッとダイアナさんの眉が動いたのを見たぼくたちは、ちょっと二人と距離をとる。
ぼくの体をひょいと抱き上げた兄様と、ディディを抱っこしたアリスター、白銀は口に真紅を咥えて、紫紺が生贄とばかりにアルバート様を蹴り飛ばす。
「いてーっ」
「……この人間が契約者なの? あら、ヒューと似ているわね?」
超美人のダイアナさんにグッと顔を近づけられ、まじまじと見つめられたアルバート様の顔が真っ赤に染まっていく。
「あのぅ、俺はヒューバートとレンの叔父です」
「そうなの。あれは問題児でちっとも話も聞かないし、きっと貴方にとって災難以外の何者でもないけど、使命が終わるまで面倒をみてやってね」
言われている内容は酷いけど、にっこり笑顔の美貌に見とれていたアルバート様は気づくこともなく、うんうんと頷くだけだった。
ちなみに、リーズに拘束魔法をかけたのは、精霊界で大騒ぎを起こしめちゃくちゃにされたことに激怒した火の精霊王様だったらしい。
しばらくしてリーズが反省したら拘束を解いてあげようと思って……忘れていたんだって。