風の精霊の気まぐれ 2
剣術大会に溢れていた黒いモヤモヤを浄化し、白銀が苦戦していた黒い兎さんも浄化して倒し、黒いモヤモヤのせいで乱暴になっていた人たちを正気に戻したすごい人は風の精霊さんでした。
ニッコニコの笑顔でフヨフヨと宙に浮き、悪戯っ子のような目でぼくたちを観察しています。
ドキドキ。
「ふぅ~ん。やっぱりアルと契約して大正解! こんなに面白い奴らが揃っているなんて」
んゆ?
なんだかわからないけど、精霊さんはご機嫌なようです。
面白い奴と指摘された兄様とアリスターは渋い顔をして、アルバート様たちは精霊さんと離れた場所でセバスに怒られている。
「神獣と聖獣がいるのが気に入らないが……。こっちの狼っ子は火の精霊と契約してて、このチビは水の……え? 水の妖精?」
ぼくの顔を見て不思議そうに目を丸くした精霊さんに、コックリと頷いてみせた。
「ぼく、チロとチル、なかよし!」
水の妖精のチロとチルは友達だよ。
アリスターは火の中級精霊ディディと仲良し。
「うげぇ、珍しい。妖精と契約してるなんて。んで、あの金髪……金髪? え……このカンジは……」
精霊さんは兄様の顔を見ると、顔を青くしてぼくたちと距離を取るように上に飛んでいく。
兄様も水の妖精チロとチルと仲良しですよーって教えてあげたほうがいいかな?
精霊さんは難しい表情でチラチラと兄様を窺い見ては、頭を左右に振っている。
「ちょっと、アンタ! こっちに下りてきなさいよっ」
紫紺がビタンッと尻尾を床に叩きつけて、精霊さんを呼びつけました。
「そうだぞ! お前、俺様たちに挨拶がないとは何事かーっ!」
真紅も地団駄踏んでプンスコ怒っている。
「バカな神獣と聖獣の相手のほうがいいや」
精霊さんはフラ~ッと紫紺たちのほうへ移動していきました。
「なんだったんだ?」
「さあ? でもこれでダイアナが言っていた精霊は揃ったな」
「ヒュー。光と闇の精霊はまだだろう?」
「……それはダイアナが知っているはずだ。水・火・土・風の精霊とその契約者が揃った。今度は精霊楽器の練習だな、アリスター」
「げっ。勘弁してくれよー」
兄様とアリスターがわちゃわちゃと仲良くしている。
もう、これで剣術大会で起きた黒いモヤモヤの騒動は終わりかな?
んゆ? そういえば、剣術大会の優勝者ってどうなるんだろう?
「いやよっ」
「そのアクセサリーをこちらへ。今回の騒動の重要な証拠品です」
白銀たちは精霊さんと遊んでいるし、セバスはアルバート様たちのお仕置き中で、父様はお仕事で忙しそう。
とりあえず、兄様たちと会場の端で休憩しようとなって、移動中に聞こえてきたのはブルーベル辺境伯騎士団の騎士さんと何か揉めている女の子の声。
……なんとなく兄様たちも関わりたくないって雰囲気だったけど、向こうがこちらを見つけてしまった。
「あっ、ヒューバート様! ヒューバート様、お助けください。この者が未来の騎士団夫人に向かって失礼なことを!」
眉をギューンっと吊り上げていた女の子、ミランダ嬢が兄様へブンブンと大きく腕を振ってアピールしてきた。
「これは……無視できないね」
「諦めろ、ヒュー」
肩を落とす兄様へ労わりの言葉をかけるアリスターだけど、アリスターも気が進まないのか尻尾はダラリと下がっている。
「にいたま?」
「レンはここで……ああ、白銀たちがいないし。しょうがない、一緒にいこう」
「あい」
兄様と手を繋いで、問題のミランダ嬢のところへ。
「どうしましたか」
兄様に声をかけられた騎士さんは、困った顔で事情を説明してくれた。
どうやら、黒いモヤモヤが増える原因となった子どもたちが持っていたガラス玉のアクセサリーを回収しているらしい。
ミランダ嬢がお友達に配ったという、王都の露店で売っていたアクセサリーだよね。
「いやです。他の者たちのアクセサリーは悪い魔道具だったかもしれませんが、わたくしのは違いますわ。ほら、ヒュー様の瞳と同じ色ですのよ」
ミランダ嬢はアクセサリーに付いているガラス玉を摘まむと、兄様の顔へグイッと近づけた。
「んゆ?」
兄様の瞳は碧眼で、緑青っぽいというか、真っ青ではない。
でもこのガラス玉はキレイな青である。
違うよね?
兄様は困惑顔でピキンと固まっているが、ぼくとアリスターはコテンと首を傾げた。
「このアクセサリーはわたくしとヒュー様の愛の誓いなのです。それなのに……取り上げるなんてヒドイわっ」
ミランダ嬢は顔を両手で覆って泣き始めてしまった。
う~ん、かわいそうとぼくまで悲しい気持ちになったのに、兄様ったらボソッと「嘘泣き」って呟くんだよ! びっくりしちゃった。
「証拠品です。速やかに王家へ提出してください。あと、ミランダ嬢には今回の騒動について共犯が疑われているので騎士の尋問には正直に答えるように」
兄様の冷たい言葉に、ミランダ嬢は覆っていた手から顔を上げてきょとんとしている。
兄様の近くにいたぼくたちも口をあんぐり開けて……騎士さんはちょっと引いていた。
「そ……そんな。わたくしはいずれヒュー様のつ、妻に……」
「貴女と僕は婚約などしていませんよね。そちらからの申し込みもお断りしました。そして、僕が将来、ブルーベル辺境伯の騎士団長になるかどうかはわかりません」
ぴしゃりと言い切り、兄様は冷たい眼でミランダ嬢を見る。
「ひぃっ」
「おいおい、ヒュー。言い過ぎだ。もう少し言い方を考えくれ。あー、ミランダ嬢。そのアクセサリーはとても大切な物だと思うが、どうか協力してほしい。調査が終わったら必ずミランダ嬢の元へお返ししますので」
兄様の体をドンッと突き飛ばし、アリスターが優しく微笑みながらミランダ嬢に交渉する。
「え……ええ」
ミランダ嬢は兄様の態度にショックを受けたのか呆然としてアクセサリーを差し出した。
アリスターは片膝をついて恭しくアクセサリーを受け取ると、ミランダ嬢の顔を見てニッコリと笑った。
「ありがとう。必ずお返ししますね!」
キュウーンッ。
んゆ? なんかいま、ハートに矢が刺さるかわいい音が聞こえた?