帰ってきて
お祖父様とお祖母様は馬車乗り場まで、ぼくたちを見送りに来てくれた。
「ヒューもレンも、また、おいで。待ってるよ」
「そうよ。今度はもっといろんなところに、遊びに行きたいわ」
ふたりとも小さいぼくに目線を合わして、別れを惜しんでくれる。
ぼくは馬車の窓から、お祖父様たちが見えなくなるまでずっと手を振ってました。
そして、ぼくの異世界に来て初めての家族旅行は終わりました。
楽しかったな。
それからブループールのお屋敷に戻ってきて、数日が経ちました。
父様はお仕事、母様はお家のこと、兄様はお勉強と剣の稽古と、日常が戻ってきました。
そして、ぼくは……。
「うむうむうむむむ」
口を曲げて、眉間にシワを寄せて、腕を組んで、考え事です。
白銀と紫紺は、たまに冒険者の仕事で留守にすることもありますが、今日はぼくのお部屋でまったりとしています。
お部屋の中には、ぼく付きのメイドになったメグがいる。
一緒にアースホープ領に行ったメイドのひとりだよ。
もうひとりのリリは、兄様付きのメイドになりました。
そのメグは、ぼくが難しい顔をして唸ってるから、心配そうにぼくを見守っている。
さて、ぼくが何を考えているかというと……ズバリ!今後のこと。
ぼくね……新しく生まれ変わっても、みんなに迷惑かけちゃうんだ。
ママみたいに怒って怒鳴ったり、痛いことしたりしないけど……、みんな優しくしてくれるけど…、甘えちゃダメだなって!
強くなろうって、そう思うの。
前も、そうすれば良かったのかな?
助けてくださいって、お願いすれば良かったのかな?
優しい人は、いっぱいいたと思うの。
ママの友達だった優しいおじさんは、ママと友達じゃなくなったあと、ぼくを訪ねて来てくれたことがあった。
その時に、助けてって頼めば良かったのかも。
アパートの前を犬の散歩で通るおばさんも、柴犬のタロも、ぼくにとっても優しくしてくれた。
おばさんから、何度も施設に誘われていたのに断ってしまった。
施設に行けば、ぼくはどうなってたのかな?
お友達とかできたのかな?
学校に通えたのかな?
同じアパートに住んでたおネエさんは、ぼくのことでよくママと喧嘩していたっけ。
ぼくは何も言えなかったけど、あのときおネエさんと一緒にママに文句が言えたら、何かが変わったのかも…。
「ふうーっ」
ぼくは、ひとつ大きく頭を振って、ソファーにぴょんと座った。
「レン様……。何か飲まれますか?」
「うん、メグ。あと、しろがねとしこんに、おやつも」
「かしこまりました」
メグが部屋から出て行くと、白銀と紫紺がソファーの上で丸めていた体を伸ばした後、ポテンとぼくの膝に乗る。
「どうした?難しい顔で考えていたみたいだけど?」
白銀が後ろ足で首を掻いて、ぼくに真ん丸の目を向ける。
「うん…。ぼくね、つよくなろうと、おもって。でも…どうしたらいいのか、わからないの」
前のぼくは、ぼくしかいなかった。
他に守る人も大切な人も物もなかった。
だから、強くなろうなんて思わなかった。
痛いことがイヤで、一人が淋しくて、お腹が空いて、狭い世界しか知らなくて……。
でも、ここでは白銀と紫紺がお友達で、カッコいい父様がいて、綺麗な母様がいて、大好きな兄様がいて、優秀なセバスさんがいて、みんながいて、ぼくを大切に思ってくれている。
ぼくね、みんなに嫌われたくないの。
だから、強くなってみんなを守れるようになって、迷惑や心配をかけないようになって、立派な人になりたいの!
「……レン。強くなるのはいいけど、そんな急に大人になろうとしなくてもいいのよ?」
紫紺がぷにっと肉球を、ぼくの頬に当てる。
「そうだぞ、レン。ゆっくりでいいんだぞ?第一、ヒューたちはレンのこと迷惑とか思ってないだろうし、心配かけないつーのも他人行儀だろう?」
「そうよ。ギルたちには、思いっきり甘えて、迷惑かけて、心配させるのよ」
ええーっ!そんな悪い子ダメだよーっ!
絶対に嫌われちゃうし、捨てられちゃうよ?
ぼくがそう言うと、ふたりは器用に大きな笑い声を立てて爆笑した。
神獣と聖獣が、ヒーヒー言ってお腹抱えて笑ってるなんて……。
「大丈夫よー。レンのこと嫌わないわよー。あーんなにデレデレじゃないの!」
「ヒーヒー、そうだ、そうだ。あー、おっかしい。だいたい、家族ってそういうモンだ」
「どういうもの?」
「お互いに迷惑かけて、心配して、甘えて……。レンが遠慮してたら、ギルたちは悲しむぞ?」
ペロッペロッとぼくの頬を舐める白銀。
そうかな?
ぼくが迷惑かけないように、心配させないようにするのは……家族に遠慮してることになるの?
「むー、むずかしい」
とりあえず、大切な人たちを守れるように、強くなろうとは思います!
どうすればいいのか……それは、あとで考える。
今は、メグが持ってきてくれたおやつをいただきます。
「レン、こっちにおいで」
ある日、お仕事中の父様がひょっこりと屋敷に帰ってきて、母様とふたりで文字の勉強していたぼくを、騎士団の練習場まで連れてきました。
兄様の稽古でも見学するのかな?
「あ、レン。きたね」
兄様が、タオルで首に流れた汗を拭いてました。
「にいたま」
ぼくはトテトテとゆっくり歩いて、兄様の腰に抱き着きます。
「今日は、レンに会わせたい人がいるんだよー」
「あわせたいひと?」
はて?誰だろう。
アースホープ領のお祖父様とお祖母様?
いやいや、だったらお屋敷で会うよね?
あ、青いお花を作ったシードさん?
でも、騎士団の練習場で会うのは変だよね?
「にいたま、だあれ?」
兄様、降参です。
教えてください、誰ですか?
「分からないかー。じゃあ、紹介するね」
兄様は、くるっと後ろを振り向いて、手で誰かを招きます。
「?」
「ほら、アリスター、早く」
「アリスター?」
「そうだよ。アリスター。レン、気になってたんでしょ?」
「アリスターと妹の取り調べは終わったからな。ふたりとも身内がいないらしくて、ブルーベル領で引き取ることにしたんだ」
「とうたま…」
父様の大きな手で頭をよしよしと撫でられていると、アリスターが兄様の横に並んだ。
「レン。アリスターは騎士団で騎士見習いとしてここで暮らすことになったんだよ」
「アリスターだ。レン……その……いろいろとありがとうな」
アリスターはぼくの前にしゃがんで、目を合わしてくれる。
初めてあったときよりも、表情が明るい気がする。
「いもうとしゃんは?」
「キャロルはまだ小さいからな。騎士団長のお屋敷でメイドの見習いの見習いにしてもった」
それって、ぼくたちが住むお屋敷のこと?
「まだ仕事は任せられないから、騎士団の寮にアリスターと一緒に暮らしてるんだよ。僕たちの屋敷にはたまに通って礼儀作法から勉強するんだ」
そうか……。アリスターと妹さん……牢に入らなくてもいいんだ……。
そうか……、よかったな。
うん、よかった!
「アリスター、よかったね!」
ぼくは満面の笑顔で、アリスターに抱き着いた。