黒くて悲しいモノ 3
試合会場の真ん中に集まりだした黒いモヤモヤは、どんどん大きく濃くなってきている。
真紅がチルとチロが水の精霊王様を呼びに行っているから、ぼくは「浄化」しなくてもいいって言うけど、水の精霊王様も白銀と紫紺もセバスも父様も、誰も助けに来ないんだけど……このまま隅っこにいて大丈夫なのかな?
「ちっ。白銀たちはなにやってんだ」
真紅も白銀たちが自分たちを探しに来ないことにイライラしてきたみたい。
ど、どうしよう。
真紅には黒いモヤモヤが見えないからわからないかもしれないけど、黒いモヤモヤが試合会場の中心で既に大人の背丈を超すほどの高さになり、何かの形になろうとしているんだ。
それが、とっても怖いの。
ブルルと体を震わすぼくの耳にドッカーンと大きな爆発音が飛び込んてきた。
「があーっ! 邪魔だっ。どけーっ!」
真紅と二人で音のした方向を見ると人が左右に吹っ飛んでいき、その真ん中を銀髪の男の人と黒髪のキレイな人が走っている。
「白銀と紫紺じゃねぇか。なんで人化してんだ?」
ぼくと真紅はコテンと首を傾げつつも、両手を上げてぴょこんぴょこんと飛び跳ね、ここにいます! アピールをする。
「白銀いたわよ」
「なんであんなところにいるんだ!」
白銀たちは、ぼくたちの姿を見つけるとぐわっと顔を厳しくして、観客席からぴょんと軽やかに飛び降りた。
なんでだろう、白銀と紫紺も黒いモヤモヤは見えないし、瘴気を浄化することはできないのに、一緒にいるだけで胸がポカポカして、もう大丈夫だと思える。
ぼくが白銀と紫紺の姿を見てニッコリと笑うのを、真紅は悔しそうに見ていた、
ふふふ、真紅だって一緒にいたら嬉しいんだよ?
ここまで来れたのだって、真紅が一緒にいてくれたからだもん。
でも、このあとぼくと真紅は白銀と紫紺からたっぷりとお説教されるのだった。
うえ~ん、なんで?
「それで、アタシたちには見えないけど、瘴気が会場の真ん中で一塊になっているのね?」
「あい。グスッ」
めちゃくちゃ怒られたーっ。
あの子、えっとホワイトホース侯爵令嬢……正しくは侯爵令嬢じゃないみたいだけど、ミランダ様の状況も白銀たちに説明しました。
だって、なんで元凶を保護しているんだって怒られたからね。
ミランダ様の持っているガラス玉はキラキラとキレイで、黒いモヤモヤはないんだよって説明しても紫紺は疑っていたけど。
ちなみにミランダ様にそのガラス玉のアクセサリーの話をしたら、「いらないっ」って投げつけられました。
ちょっと欠けちゃったけど、大切な証拠品なのでぼくが預かっておきます。
ドォン!
びゃっ!
「しろがね? また、ドンした?」
「ああ~ん? なにもしてねぇよっ。それより紫紺、俺はヒューたちのところへ加勢に行ってくる」
じっとしていられない白銀は大剣を肩に担ぐとタタタッと走っていってしまった。
まだ、紫紺が「行ってもいいわよ」ってお返事してないのに。
案の定、紫紺はニッーコリと笑って白銀を見送っていたよ。
なんか紫紺の背後にビュルルルルルって吹雪が見えた気がしました。
ゾワワッ。
真紅と顔を見合わせてうんうんと頷く。
ドンッ。
あれれ? またドンって地面が揺れた気がした。
地震かな? でも違う気がする。
キョロキョロと辺りを見回すぼくの目に、一段と大きくなった黒いモヤモヤが映る。
んゆ?
なんか……あの黒いモヤモヤ……ただの丸い物体じゃなくて、何かの形になってないかな?
あのフォルムは見たことがある。
ぼくの知っている何かだと思うけど……なんだったけ?
ドンッ。
あの黒いモヤモヤの下の右側が動いたとき、ドンって地面が揺れた。
「し……しこん。しんく。たいへん」
あの黒いモヤモヤは……もしかしたら……あの動物じゃないかな?
ぼくの見開いた目に、ぴょこんと黒いモヤモヤの上に長細い二本の棒状のものが生えた。
ううん、あれは耳。
そして、機嫌が悪かったり怒ったりするときに、ドンって後ろ足を踏みつけるんだ。
「あれ……うしゃぎしゃん」
黒いモヤモヤが集まって大きな黒いウサギさんになっちゃった!
パーティー全員満身創痍で乗り越えた最難関ダンジョンのボスモンスタートラップ。
喜ばしいことだが、俺は一度神の御許に旅立ちかけた。
魔法コントロールが苦手なくせに、全力の魔法を放ったため、深刻な魔力枯渇状態になったからだ。
だって、変異ケルベロスが出るなんて思ってなかったんだよ。
しかも、通常ボスモンスターとの戦いのあとの連戦相手で出没するとは思わないじゃん。
まあ、とにかくケルベロスには勝ったし、最難関ダンジョン踏破したし、終わりよければすべてよし!
「アル……一番の問題が、まだ解決してないよ」
リンのヤロウ。
俺が必死に目を背けているのに、なぜそこをツッこむ!
「とにかく、俺たちは疲労困憊だし、傷の手当もしないといけないし、早く帰らないといけないんだっ!」
「どこに?」
「へ? ど……どこにって……そりゃ、ブルーベル家だけど……まずはギル兄に帰還の報告しないと……」
今回もダンジョンに長い間潜っていたので、もしかしたらブルーベル家の問題があったときに不在だったと怒られる可能性がある。
だとしたら、ハー兄に帰還の報告をするとお小言が多くて面倒だ。
軽く怒られるならギル兄のほうがまだチョロい。
「うん、俺は我が兄、ギルバート・ブルーベルに報告があるため、すぐに帰還する。悪いがお前に付き合っている時間はない」
こんな珍妙なナニかに付きまとわれるのは勘弁だ。
別れの言葉を吐いたはずなのに、相手はニコニコ顔でさらに頓珍漢なことを言い出した。
「オッケー! じゃあ、そこまで送ってあげるよ!」
「へ?」
そいつは、俺たちの返事も聞かずに、ビョルルルと竜巻を起こし俺たちを巻き込んで空へと打ち上げやがった。
くそおーっ、だから精霊なんて奴は気まぐれで非常識で、イヤなんだよーっ!