黒くて悲しいモノ 1
更新お休みしてしまい申し訳ありません。
不定期ではありますが、更新再開です。
皆さまも夏風邪にはお気をつけて……。
実は春から腱鞘炎になってしまい、そちらはまだ療養中です。
広い剣術大会の会場を真紅と一緒に駆け抜けていく。
まずは兄様のところへ……て思ったけど、あれはなんだろう?
「んゆ?」
「どうした、レン?」
ぼくの足がノロノロとスピードを落としたことに気がついた真紅が、ぼくの顔を覗きこんでくる。
「あっち、へん?」
黒いモヤモヤは試合会場の床全面に這っていて、兄様やアリスター以外の人を凶暴化させていた。
そして、試合を観戦しにきていたお客さんたちは、不気味なほど静かにしている。
観覧席に大人しく座って黙って試合会場を見ているんだ。
ちょっと、怖い。
だけど、あっちの席で騒ぎが起きているみたいだよ?
「ん? ああ、なんだ。あのガキたちだろう? ほら、狼っ子をバカにした」
「んゆ?」
そ、それは、あの侯爵令嬢なのでは?
白銀と紫紺を欲しいってぼくから取り上げようとして、それを止めたアリスターのことを「獣混じり」とバカにした女の子。
そのあと、なぜか兄様のことをうっとりと見つめていた女の子。
その子がいる集団だったら、無視してもいいかな?
ぼく……あの子、苦手なんだもん。
「あ? なんだ、あのガキ。子分たちに囲まれて泣かされているぞ? ハハハ、ざまぁ」
イヒヒヒと真紅が意地悪な顔で笑っているけど、それはダメでしょう!
「しんく、いくよ! あのこ、たしゅけるの」
グイグイと真紅の腕を引っ張って、グルリと方向転換します。
兄様とアリスターは強いから、ぼくたちが行くのがちょっと遅くなっても大丈夫!
そのうち、白銀と紫紺がバビューンとカッコよく助けに行ってくれるから、大丈夫!
「ええーっ。面倒だなぁ」
真紅は口を尖らせてぼくの手を握り、騒いでいる集団へと駆けだした。
んゆ?
うん、あの集団も黒いモヤモヤに包まれているよ。
きっと、瘴気が溢れてあの子の周りの子たちをおかしくさせているんだ。
でも、不思議。
なんであの子は平気なの?
「おら、急ぐぞ。あいつら正気じゃない」
「あい」
元気に返事をしたけど、ぼくと神気のない真紅の二人でどうやってあの子を助ければいいんだろう?
あれれ?
あの子がいる観覧席に近づくにつれ、黒いモヤモヤがいっぱいになるし、息苦しさも感じる。
黒いモヤモヤに覆われた人たちは無表情で椅子に座っているか、あの子の周りにいる子どもたちみたいに暴れ出しているみたい。
「しんく、みつかっちゃう」
スタスタと迷いなく進む真紅の腕を軽く引っ張ると、真紅は振り向いてニカッと笑った。
「へへーんだ。大丈夫だぞ。こいつらに俺様たちの姿は見えにくくなっている!」
デーンと胸を張って自慢げに言ってきたけど……姿が見えにくい?
そういえば……ぼくと真紅の周りは黒いモヤモヤじゃなくて白いモワモワに覆われているような?
「いまのうちに、あのガキを助けるぞ」
「う……うん」
いまいち状況が掴めないままに、友達に追い詰められているあの子を助けに足を動かした。
そして……グイグイと手や腕で体を押され、下の試合会場へと落ちそうになっているあの子を無事に救出できました!
んゆ? なんで?
「だからな、俺様もちぃ~とばっかし能力が戻ってきたのさ! 蒸気を利用して幻が作れるようになったんだ!」
試合会場の隅でコソコソと真紅と会話中です。
友達だったはずの子たちから下に落とされそうになっていたあの子の腕を強く引いてしゃがませて、真紅が作ったあの子の幻を代わりに下へと落とした。
あの子が落ちたと勘違いした子どもたちは、無表情に虚空を見つめたあと、何かに導かれるように並んで歩きだしてどこかへ行ってしまった。
助け出したあの子はなんだか口から魂を出してボーっとしているから放置してます。
だって、それよりも、真紅の能力がすごい! 幻が作れるなんて!
「俺様たちの幻を作って白銀と紫紺をまいてやっただろう? ふふふ、俺様すっごーい!」
わー、パチパチ。
「しんく、すっごぉーい!」
火山の火口に突っ込んでムダに再生を繰り返し、ちょっぴり残っていた神気も奪いつくした火の魔力の補填に使われて、ただの赤い小鳥となっていた真紅が、ちゃんと神獣としての力に目覚めていました!
二人でわーいと喜んで、さぁ、現実を見ましょう……。
「……どうしよう」
「こりゃ、俺様たちだけじゃ無理だな。レンも力を使うなよ。たぶん、全部浄化しきれなくて途中でバッタリ倒れちまう」
「……あい」
浄化しきれない瘴気は、また人の暗い気持ち悪い気持ちを吸い取って、大きな黒いモヤモヤと成長してしまう。
浄化するなら、全部キレイにマルッと瘴気を消さないとダメダメです。
「……んで、あのガキもどこかに避難させないとな……。まぁ、そのうち俺様たちを追っかけて白銀と紫紺。いや、あの陰険執事がやってくるだろう」
んゆ?
ああ、セバスも騎士たちへの指示が済んだら、ぼくたちを探しにきてくれそう。
「じゃあ、ここで、じっとしている?」
「俺様としては、ヒューたちに交って暴れたいが……。どうやら試合を見にきた奴らまで参加して、大乱闘になっているぞ」
真紅のキラキラとした瞳は楽しそうに、目の前で繰り広げられている戦いを映している。
ぼくたちは試合会場の隅の柱の影からこそっと覗いているんだけど、兄様とアリスターの姿はチラッとしか見えないよー。
「にいたま、アリスター。たいじょうぶ?」
ここはやっぱり、ヒーロー登場とぼくが颯爽と助けに行く流れではないでしょうか?