決勝戦 5
それ、逃げろーっと真紅と二人でブルーベル家の観覧室から飛び出したけど、すぐ後ろから白銀の制止する怒鳴り声が追いかけてくる。
「うーっ、つかまりゅー」
悲しいかな、トテトテと走るぼくと、タタタッと走る真紅では、全力で追い駆けてくる白銀に勝てない。
大きい白銀相手だったらすぐに追いつかれてパクリと後ろ襟を咬まれてしまう。
小さい白銀だったら、この人混みの中でもスイスーイと鮮やかに人を避けて、ババーッと追いつきぼくたちの前に回り通せんぼをしてしまうだろう。
必至に走りながらへにょりと眉を下げると、隣を走る真紅が手を口にあてて、零れる笑いを抑えきれないでいた。
「しんく?」
「ぷーっぷぷぷ。安心しろ、レン。俺様がとっておきの技をみせてやる」
……技?
真紅ってば何を言い出すんだろうと訝しんでいると、白銀がぼくたちを呼ぶ声が段々と違う方向へとズレていく。
「んゆ?」
不思議に思って後ろを向いてみると、白銀の体が跳ねるように明後日の方向へと走り去って行く。
その白銀の前には……あれれ? あの姿はぼくと真紅かな?
「ほら、ボーッとするな。今度は紫紺がゃってきたぞ」
あ、ホントだ。
紫紺が優しい声でぼくを呼んでいる。
そして、ちょっと低い声で真紅を罵倒する言葉が聞こえてきた。
「うわっ、行くぞ、レン」
「う、うん」
とにかく、捕まらないようにぼくは必至に走った!
そうすると、紫紺がぼくを呼ぶ声も段々と違う方向へとズレていく。
「あっち、いっちゃった」
紫紺もまた、ぼくと真紅によく似た姿の誰かを追って違う方向へと走って行ってしまった。
「そら、行くぞ。ちょっと、あの執事は誤魔化せるか自信がねぇ」
「う、うん」
真紅の技って、ぼくと真紅のよく似た姿を作ること?
す、すごいーっ!
真紅のスペシャル技を褒めたいけど……、あれ? なんか観客席が静かじゃないかな?
試合会場では、兄様とアリスター対審判と対戦相手というイレギュラーなことが起きているのに……観客の人たちが席に座ってじっとしている。
ちょっと、不気味な感じがする。
ぼくは兄様たちの元へと走りながら、得体のしれない怖さに腕を摩った。
変だわ。
いつものように、わたくしの愛するヒューバート様を応援するため、お友達と一緒に試合を観戦しにきたけど……。
貴族専用の観覧席でも興奮して、下品に騒ぐおバカさんがいるのに、今日は誰も何も話さずにじっと席に座っている。
わたくしのお友達も、ぼーっと試合会場に視線を向けているけど、まるで何も見えていないよう。
居心地が悪く身じろぎしても、お友達の令嬢は誰もわたくしのご機嫌伺いをしないなんて!
着てきたドレスを褒め称えることもなければ、着けてきたアクセサリーを羨ましがることもない。
わたくしの美貌にうっとりすることもなければ、挨拶の言葉すらも聞いてないわ!
本来なら、わたくしの隣の席を争う子息たちも、ちっとも興味を向けてこないし、エスコートすらもしない。
いったいどうなっているの!
イライラと爪を噛んで試合会場へと顔を向けたら、なんてこと! 不戦勝となった愛しのヒューバート様が再び試合会場へと姿を現しているじゃないの。
なんだか、汚らわしい獣人の子を助けに飛び込んできたみたいだけど、どうして対戦相手だけでなく審判まで暴れているのかしら?
あら、ヒューバート様が危険なのではなくて?
ハッ! ここでわたくしがヒューバート様を助ければ、婚約の話もスムーズに進むのではないかしら?
わたくしはくるりと後ろを向いて、お友達に命じた。
「お前たち、試合会場へと行きヒューバート様をお助けしないさい」
貴族子息の嗜みとして剣術ぐらいは習っているでしょう?
下賤な冒険者や審判ごとき、人数でかかれば抑え込めるはず。
さぁ、早く、ヒューバート様を助けに行きなさい!
「……?」
異様な空気が流れたような……こちらに向けられたお友達の視線の中に不穏な何かを感じ、首を傾げた。
「な、なに?」
座っていたお友達がユラリと立ち上がり、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。
――無言で。
「何よっ。早く行きなさい! お前たちわたくしのお願いがきけないの? あなたたちの家がどうなってもよろしいの?」
わたくしの言うことを聞かないなら、お父様やお祖父様に頼んで、あなたたちの家への援助を切ってやるわよ!
……いつもなら、わたくしに向ける媚びた表情がなく、無表情でこちらへ手を伸ばし近づいてくるお友達はわたくしの言葉には反応しなかった。
わたくしはヒューバート様がいる試合会場を指差し、何度もお願いしたのに、お友達はわたくしのほうへと無言で近づいてくる。
逃げようと思っても、お友達はわたくしの背中以外はぐるりと周りを囲っていた。
空いている背中側は試合会場だから、逃げることはできない。
ここから試合会場までは高さがあり飛び降りることはできないし、そもそもわたくしのような淑女がそんなはしたないことはできないわ!
「や、やめなさいっ。あなたたち、わたくしを誰だと思っているの!」
ホワイトホース侯爵令嬢よっ!
悲鳴を上げながら恐怖に慄くわたくしの眼に、いつの日かお友達に贈ったガラス玉から黒い何かが溢れ出すのが見えた気がした。
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