決勝戦 3
べたぁと張り付いている窓から試合会場を見下ろしていると、アリスターがスタスタと剣を片手に入場してくるのが見えた。
キリリと凛々しい顔をして真っ直ぐ見つめる先には、今回の試合の相手が入場してくる……あれれ?
「はちってるの」
対戦相手さんは遅刻したの?
反対側の入場ゲートから大男が両手で剣を振りかぶって、猛ダッシュしてきています。
大男の「ぎええええぃ」という大きな奇声とともに、アリスターの頭へと剣が振り下ろされちゃう!
「びえっ、た、たいへん!」
「反則ね」
「反則だな。でも審判もおかしいぞ?」
はわわっと両手を上にあげてバタバタと足踏みするぼくとは対照的に、白銀と紫紺は落ち着いて試合会場を見下ろしている。
ペロペロと紫紺なんて毛づくろいまでしてるの!
「しろがね、しこん! アリスター、たすけて」
二人の余裕の態度にちょっとムッとしたぼくは、低い声で二人にアリスターの救出をお願いした。
「大丈夫だろ」
「ほら、上手に避けているわよ」
ぼくたちの騒ぎにセバスまでが窓に近づいてアリスターの試合……まだ始まってないけど、対戦相手のやりとりを観戦する。
「確かに、ギリギリで回避して、体力を温存していますね」
アリスターは成人したばかりで、体力や筋力は大人に比べてやや劣る。
でも、狼獣人の特徴でもある敏捷性を生かして立ち回っていた。
んゆ? ヒラリヒラリと踊るように剣を躱しているみたい。
「しかし、試合を制する審判までがアリスターへ攻撃しているとなると、勝ち負けの前にアリスターの命が危ないですね」
セバスのいつもと変わらない静かな口調での試合解説に、ぼくは一瞬意味がわからずにボーっと聞いていたけど……え? アリスターが死んじゃう?
「しろがね! しこん!」
「ほら、レン。アリスターを助けにヒューが飛び込んできたぞ」
「んゆ? にいたま?」
どれどれと、再びべたぁと窓に張り付くぼく。
白銀が教えてくれたとおり、キラキラの金髪を靡かせて兄様がアリスターへと走り寄っていく。
兄様の登場に気が付いたアリスターはニヤリと笑うと、剣を持ち直して大男へ猛然と攻撃を仕掛けていった。
残された審判の攻撃を兄様が剣で受け止めて、バキッと足で審判のお腹を蹴る。
い、痛そう……。
「おおーっ!」
兄様の活躍に顔を輝かせて拍手するぼくの目に、何かが映った。
「んゆ?」
なんか、へん。
床が……試合会場の床がへん?
「ね、ねぇ、セバス。あのゆか、へん?」
クイクイとセバスの執事服を引っ張って下を指差して問いかけると、セバスはモノクルの向こうの眼をキュッと眇めた。
「……いいえ。昨日と変わりません。レン様? なにか見えるのですか?」
「んっと……んっと……。あ、ゆかのいろ、へん。ゆかが、くろいの!」
そうだ、そうだ。
昨日まで試合会場の床は真っ白だったはず。
なのに、今日はちょっと黒ずんでいる……あれれ?
「なんか……うごいた?」
地面がのたうつように、ズモモと蠢いた気がしたけど……気のせい?
「レン……床が黒いって、どこだ? 床は白いぞ」
「ええ。昨日と変わらない。いいえ、剣術大会の最初から何も変わらないわよ?」
んゆ? 床は黒いし、なんか……大きな蛇のような長いものがズルズルと動いているように見えるよ?
「あ……」
そして、その黒い蛇みたいなものは、兄様とアリスターが相手をしている大男と審判の体に繋がっているのが見えた!
「もちかちて……しょーき?」
王都に来たときは、息子の初めての剣術大会参加に浮かれていた。
子どもが参加するのはヒヨコクラスだったけど、息子の試合はドキドキして自分が試合をするほうが余程楽だと思った。
ブループールの街で留守番している妻や娘、ブルーパドルの街に住む父や母も呼んで、家族全員で観戦しようと楽しみにしていたのに……。
「どうして、こうなったかなぁ……」
騎士団の簡易鎧を身に着け、手には愛剣を握り、剣術大会の会場を複雑な顔で仰ぎ見る。
瘴気発生の報告をし、対処を会議で話し合ったが、お偉いさんが全員満足する答えなどありはしない。
そもそも、神気が混じった瘴気は「浄化」以外の解決はない。
そして、王都にいるはずの上級精霊であるダイアナが数日前から姿を消していることが、会議が紛糾した原因だ。
「くそっ、あの女」
ギリッと唇を噛みしめると、アドルフが困った顔で俺の肩を叩いた。
「団長、冷静に。それよりも、やっと王都の騎士団を動かせる権限を得たんです。これからどうします?」
「瘴気には俺たち騎士団は太刀打ちできん。とにかく剣術大会の中止を聞き入れず呑気に試合を楽しんでいる観客の避難が最優先だ」
剣術大会は莫大な利益を生み出すし、出場選手に肩入れしている貴族たちの面子の問題もある。
容易に中止にはできないと思ったが、だからといって開催延期も聞き入れず、当初の予定どおりに行うバカがどこにいるっ!
しかも、いくつかの試合で反則する選手や、出場選手に襲い掛かる審判や係員がいるって聞いたぞ。
それって絶対に瘴気の影響だよな?
「……避難をさせるためには、この会場の入り口を開ける必要があります」
アドルフがどこか途方に暮れた声で俺に告げる。
「ああ……」
俺は忌々しいものを見る目で会場の大きな扉を見た。
……この扉、何をやっても開きはしない。
力づくでも、魔法の攻撃でも、なにをしても開かずに、俺たち外部からの侵入を拒んでいた。
「これも……瘴気の仕業か?」
いったい会場では、何が起きているんだ?