レンのスパイ大作戦 5
ワイワイガヤガヤと剣士たちの試合に熱中している観客席の隙間を縫うようにすり抜け、目当ての集団の近くまでこっそりと近づくことに成功しました!
ぼ、ぼくってば、もしかしてスパイの素質があるのでは?
もしかしたら、ブルーベル辺境伯様直属のスパイのリーダーとして将来は大活躍しちゃうかも?
「うふふっ」
「なにを笑っているの?」
「しぃーっ。あいつらに見つかるだろうが」
兄様ぐらいの子どもに人化した紫紺と白銀もぴったりとぼくの側に引っ付いてます。
いけない、いけない。
自分の隠れた才能にうっとりする前に、ちゃんとお仕事しないと。
むんっと両手を握って気合いを入れたら、そろそろと子どもの集団の後ろへ回って、黒いモヤモヤがどこから出てくるのか見つけなきゃ。
両目を見開いて、左右、上下、周りの子どもの手元、足元、ポケットの辺りをギョロギョロと見ていると、紫紺の手でバシッと目を塞がれました。
「うわっ!」
「しぃーっ。見すぎよ、レン。もっとさりげなく見ないと怪しまれるわよ」
んゆ?
ぼく、失敗しちゃった?
しょぼんと俯き肩を落とすぼくの様子に、白銀がオロオロと心配してぼくの顔を覗きこもうとする。
「おいっ、反省は後でしろ。早く瘴気の増幅装置をみつけろっ」
真紅がぼくのお尻をポコポコ蹴るのは、紫紺が白銀のお尻を蹴る真似をしているの?
ちょっと、痛いなぁ。
「ギャウッ」
「わあっ、イテーッ」
あ、ディディが真紅の乱暴な足に嚙みついたら、真紅が大きな声を出してしまった。
試合の応援もせずに騒いでいたせいか、クルリとこちらに顔を向ける子たちが数人……あ、目が合っちゃった。
「お前たち……うるさいぞ?」
「はわわわわっ。ご、ごめんなしゃい」
ぼくはディディを抱っこしてペコリと頭を下げたのに、白銀と紫紺は偉そうに腕を組んでその子たちを睨んでいる。
「なんだ? 生意気な奴らだな」
「僕たちには、ホワイトバード公爵様、ホワイトホース侯爵様がいらっしゃるんだぞ!」
はわわわっ、どうしよう? そおーっと覗いてしゅばっとセバスたちのところへ帰るつもりだったのに、見つかっちゃった!
「うるさいぞ、チビ」
白銀がフンッと面白くなさそうに鼻を鳴らして挑発すると、紫紺も長い髪をサラッと手で背中に払ってクッと口端を上げる。
「アンタたちは、ただのガキじゃない」
二人の煽りにその場にいた子たちの顔が怒りで真っ赤に染まる。
わわっ、喧嘩になっちゃうかも。
一番に飛びだして問題になりそうな真紅は白銀の腕でガッチリと抱え込まれているけど……あれ? あれれ?
「くろい、モヤモヤ……」
やっぱりこの子たちの集団から黒いモヤモヤが出ているんだ!
白銀たちに挑発されて顔を赤くした子たちの胸のポケット辺りから、真っ黒な靄がぶわっと湧き出てきた!
「しろがね、しこん」
クイクイと二人の上着の裾を引っ張ると、二人はぼくへと顔を近づけてくれる。
「あのね、あのね。えっと、みぎのむねの、ポッケ」
こそっと二人の耳に囁くと、白銀と紫紺の目がギロリと獰猛に光った気がした。
「やるぞ」
「ええ。証拠を掴みましょう」
そのまま二人は姿勢を低くして、黒いモヤモヤを出している子どもの集団の中を素早く走り抜けていった。
え? ええーっ、ぼくとディディはどうしたらいいの?
「ヒュー」
「アリスター」
今日の試合を終えて防具を外し帰り支度をしていると、僕の前に試合を終えていたはずのアリスターが焦った様子で駆け寄ってきた。
「どうしたんだ? なにかあったのか?」
「……驚くなよ。さっきブルーベル家の観客席に行ったが……レンたちがいなかった」
「父様も連日王宮へ呼び出されている。レンたちも退屈だろうから、もう帰ったんじゃないのか」
正直に言えば、レンには僕の試合を見てほしくない。
試合相手もアレだが、僕に対するヤジが酷くなってきているのだ。
僕は別にどうも思いはしないが、優しいレンは心を痛めてしまうかもしれない。
アリスターはヤジを受けることはないが、対戦相手の反則や審判の誤審に戸惑っているようだった。
「いいや、セバスさんはいた。しかもレンはこの会場に来ている。なのに、いない。どこに行ったと思う?」
「セバスはいたのか?」
試合以外でも会場の周りには、露店も多く開いているし屋台もある。
ちょっとした出し物もあって、吟遊詩人の歌や異国の踊り子、大道芸などが楽しめる。
でも、レンたちだけで会場の外に出たとは考えにくい。
必ずセバスが同行するはずだ。
「騎士は? バーニーたちはいたか?」
「それが、バーニーさんだけが見当たらない。団長に同行しているのはアドルフさんだよな?」
父様の護衛はアドルフが務めているため、レンや僕の護衛はバーニーになるはず。
そのバーニーがいない?
「アリスター、探しに行こう。セバスが残っているなら、レンはこの会場内のどこかにいるはずだ」
「ああ。でもどこに?」
そんなことは簡単さ。
「決まっている。騒ぎが起きているところだよ」
僕が剣を腰にさして走り出すと、会場のどこかで騒がしい声が上がるのが聞こえた。
その声はお酒を飲み過ぎた男の声でもなく、女性の嫌がる声でもなく、まだ子どもの戸惑ったような声だった。