レンのスパイ大作戦 4
私はここブリリアント王国で宰相を務めるお祖父様、ホワイトホース侯爵の愛孫であり、王家にも望まれるほどの高貴な淑女、ミランダ・ホワイトホース侯爵令嬢よ!
爵位は侯爵家だけど、ホワイトバート公爵家の分家であり、たかが王族の主治医である公爵様より、国王の右腕いいえ国王を導く宰相職のお祖父様のほうがとっても偉いに決まっているわ。
そのお祖父様が愛して止まないのが孫娘である私なの。
お父様もお母様も私にとっても優しくて、なんでも望みを叶えてくださるわ。
本当なら王子様の婚約者となる身ではあるけれど、私はここブリリアント王国の王都で私に相応しい殿方と巡り会ってしまったのよ!
ヒューバート・ブルーベル様。
身分はたかが伯爵子息で物足りないけれど、彼は辺境伯であるブルーベル家の分家の嫡男。
調べたら、ヒューバート様のお父様こそが本家ブルーベル家の長男で後継ぎだったんですって。
ならば、次期辺境伯はヒューバート様でもいいのではないかしら?
ふんっ。
この私と婚約したならば、ヒューバート様を辺境伯へと盛り立ててみせるわ!
この国では、辺境伯の地位が高く、公爵家と同等と言っても過言ではないの。
魔獣が巣食うハーヴェイの森と隣接している領地で、凶悪な魔獣を討伐したりスタンピードを防いだりしているから、国防の要とされているのよ。
ふふんっ! 私が王妃になるのはちょっと生まれる時期が遅くて無理だったけど、その国王さえも無碍にできない辺境伯、その最愛の夫人って、私にとっても相応しい身分なのでは?
しかも、ヒューバート様は金髪碧眼の王子様のような容貌、剣の腕もたしかでお強いとか……ふふふ、周りの生意気な令嬢にも自慢ができる方なの。
そう思ってお父様にお願いして婚約の申し込みをしているのに、返事が来ないのよっ。
どうして?
美しくて地位もある私が、侯爵で宰相の任に就いているホワイトホース侯爵家が、伯爵家ごときに婚約の申し出を無視されるなんて!
王都も剣術大会なんて野蛮な大会が催されているせいで、野暮ったい冒険者やむさい兵士が増え、汚い屋台やうるさい子どもが道に溢れるようになった。
見苦しいわ!
剣術大会なんて、騎士や貴族子息たちだけで行えばいいのに。
騎士たちが正装で剣を交わし、貴族子息たちが私のような美姫のために剣を振るうなら、しょうがないから観戦し贔屓の剣士を応援してあげてもよろしくてよ。
なのに、現実は王都に似付かわしくない者たちが王都を跋扈している許せない状況だわ。
ただでさえ鬱々とする時期なのに、ヒューバート様との婚約の話は進まないし、ヒューバート様とはお会いできないし……おもしろくないわ。
「ミランダ様。あちらのお店で新しいお菓子が売られていますわよ?」
「まあ! ミランダ様。あちらの広場では見目麗しい吟遊詩人が歌っているとか」
「ミランダ嬢。こちらへ。異国の美しい装飾品の出店があります」
人気者の私を誘う声があちらこちらから聞こえてくるけれど、恋に捕らわれた私の気持ちはどんな誘惑にも心が動くことはないわ。
「あら……」
人が多い通りの真ん中を当たり前のようにお友達に守られながら歩いていたら、何かが気になった。
それは、粗末な布を日除けにし、商品を床に敷いた布の上に乱雑に並べた店……だった。
「これは……なにかしら?」
すっぽりと布を頭から被った、男とも女ともわからない店主に問いかけると、すうっと売り物を一つ手に乗せてこちらへと差し出してきた。
「願い玉だよ。これを持っていると願いが叶うのさ。……お守りみたいなものだね」
掠れた聞き取りにくい声は男の声とも女の声とも、年齢さえもわからない不思議な声だった。
「願いが叶うのですか?」
いつもは私の後ろに控えて大人しい子が身を乗り出して、粗末な商品をジロジロと見入っていた。
「願いが……も、もしかして試験に受かったりとか?」
「いいご縁があったり?」
十三歳の私の周りにいる貴族子女は、だいたい同年代で将来への不安を抱えている。
嫡男でなければ文官や騎士の道を目指すことになるが、どちらもいい条件での雇用を目指すなら試験に合格しなければならない。
何者にもなれなければ、領地に戻って兄の補佐として一生を終えるだけだ。
令嬢はいい条件での婚姻が望まれる。
相手の爵位はもちろん、金銭的な条件や待遇、相手の身辺も大事なこと。
結婚してすぐに愛人などを囲まれても業腹だもの。
「……本当に願いが叶うのかしら?」
私が疑った眼で一通り商品を見回し、店主に対して鼻で笑ってやると、店主は私に深く頭を下げてきた。
「さて? 叶うと思えば叶うのでしょう。お守りとしての価値もすべては持ち主の気持ちしだい。お優しいお嬢様。この他国から来たみすぼらしい商人にどうかお慈悲を」
「……しょうがないわね。貴方達、好きな物を選びなさい。私が払うわ」
店主の情けない姿にほんの少しの優越感が胸に湧いた。
どうせたいした金額ではないだろう。
少し離れた場所に待機していた護衛の一人を呼び寄せ会計をさせる。
「ミランダ様、ありがとうございます!」
「ミランダ嬢、ありがとう!」
「いいのよ、これぐらい」
ふふん、と鼻を高くして周りの子たちからのお礼を受けていると、店主がぬうっと手を出してきた。
「なに?」
「これを、どうぞ」
馬鹿にしている? こんなつまらない子たちと一緒にしないで! と叩き払ってやろうと思ったけど……その手に乗っている丸い玉の色がヒューバート様の瞳の色だった。
つい、手に取って陽に透かして見てしまった。
「美しいわ」
ヒューバート様の瞳が私を映しているみたいだわ。
そうして互いの願い玉を見せ合いお喋りをしている間に、店主はどこかへと姿を消していた。
売り物がなくなったので、どこかにお酒でも飲みに行ったのだろうと気にはしなかった。
私はただ……手の中の願い玉に魅入られていたのだった。





