レンのスパイ大作戦 3
ぼくはいま、絶賛スパイ中です!
柱の影から、怪しい集団を監視しているのです。
じぃーっ。
そもそもホワイトバード公爵の寄り子貴族、う~派閥の子たちでいいかな? その子たちから兄様やアリスターへの悪口が吐き出されると、黒いモヤモヤがその子たちの体から噴き出すのが見えた。
黒いモヤモヤは、人の悪い気持ち、瘴気が視覚化したもの。
でも、視える人は少なく、精霊さんとぼくにしか見えない。
神獣フェンリルの白銀でも、聖獣レオノワールの紫紺でも、黒いモヤモヤを見ることはできない。
……困ったのは、この黒いモヤモヤが剣術大会の会場に発生してからしばらくすると、会場全体とその周辺が、薄墨を垂らしたようにほんのりと暗くなったこと。
他の人には全然わからない変化だけど、ぼくには見えてしまう。
ついでに、浄化の力を行使することができる中級精霊のディディにも見えてます。
たぶん……黒いモヤモヤに釣られて周りの人も悪い気持ちが芽生えてきているのかも。
このまま放っておくと、剣術大会がたいへんなことになるかも?
ぼくが心配していると、実際に剣術大会の試合で乱闘や反則行為、観客にはスリや暴力事件などか増えてきてしまった。
やっぱり、兄様やアリスターが剣術大会で優勝するためにも、ぼくがこの黒いモヤモヤを解決しなきゃ!
ぼくは、前の事件をいろいろと思い出して、今回の黒いモヤモヤも何かのモノが原因かも……と思い至ったのだ。
黒いモヤモヤをいっぱいにする笛の魔道具とか、アクセサリーとかね。
だから、黒いモヤモヤをいーっぱい出している、ホワイトバード公爵の派閥の子たちが集まる観客席に潜入しているのです。
じぃーっ。
「レン……見ているだけじゃわからないだろう?」
「しー」
ぼくの肩に手を乗せて後ろから白銀がひょっこりと顔を出す。
「この姿ならあっちに紛れこめるわよ?」
ぼくの隣で腰に手を当てて紫紺が仁王立ち。
「めんどくせぇな。誰か一人を捕まえて吐かそう」
「ダメ」
とんでもないことを言い出したのはぼくの前で腕を組んでいる真紅だ。
ちなみに騎士のバーニーが見えないようにぼくたちを護衛している……はず。
「……なあ、紫紺。武器がナイフ一本で心もとないが、いざとなったら爪を出してもいいのか?」
「いいんじゃない? アンタ、その姿で大剣なんて振り回せないでしょ? ナイフで我慢しなさい」
そう、白銀と紫紺はセバスの提案を聞いて、まず人化してから兄様ぐらいの年齢に見えるまで、その姿を幼くしたのだった!
「しろがね、しこん。かーいい」
いつもキリッとしてかっこいい白銀はやんちゃな少年みたいだし、スマートでキレイな紫紺は頭のいいお坊ちゃまみたいだ。
「そうか?」
「そう?」
ぼくが褒めたら二人は頬をうっすらと染めて、テレテレしている。
かーいいね!
「レン、俺様は?」
んー、真紅は……えっと……ま、いいか。
じゃあ、ちょっとホワイトバード公爵の派閥の子たちの席へ近づいてみよう!
激しい戦いで崩れた岩壁、舞い上がった土埃で状況がわからない。
ただ、自分の腕の中でか細い呼吸をしている唯一無二の親友の鼓動が、すぐにでも止まりそうなことだけは理解できた。
神官見習いでこのパーティーの治癒師であるザカリーも必死で治癒魔法をかけるが……ザカリー自身もほとんど魔力は残っておらず、血止めをする程度の効果しかない。
「ヒュー。ヒュー」
アルの口から漏れ出る息が苦しそうだ。
「アル! しっかりしろっ。ケルベロスはいない。俺たちここから出られるんだ!」
ミックが半泣きで怒鳴るが、アルは何も反応しない。
もう、耳が聞こえないのか……それとも言葉を発する力もないのか……。
ケルベロスがいたところには、何もおらず……アルの風魔法でドロップアイテムすらも消滅してしまったようだ。
「アル……」
帰ろう。
一緒にブループールの街へ帰ろう。
ようやく、お前の大好きな兄たちに認められることができるから……きっとギルバート様もハーバード様もお前を褒めてくださるから。
「アル」
だから、元気な姿で一緒に帰ろう。
ポタリ、ポタリと俺の目から流れ出た雫がアルの頬を濡らす。
「っく。ばっかやろ、泣くなよ、リン」
涙もろいミックは鼻水まで垂らして泣きだす。
ザカリーは閉じそうな自分の瞼を必死に開いて、治癒魔法を止めない。
アルバートは魔力コントロールができないまま風属性の最大攻撃魔法を展開し、魔力枯渇と代替エネルギーとして生命力を費やした。
きっと……アルは……。
「アル……。一人にしないでくれ。俺の主はお前だけだ。頼むから、セバス一族から主を奪わないでくれ」
主のために生きる……それが俺たちセバス一族の指針であり、すべてだ。
「……ン。ご……ん、な」
「アル!」
謝るなっ! 謝るなっ! 生きろ、生きてくれ!
「アル!」
その手がパタリと力なく垂れさがるとき、何かが破壊される音が背後から大音量で轟く。
ガッコーン!
「よおっ! お前たちおもしろい奴らだな。俺は気に入ったぞ!」
少年のようなスラリとした肢体で悠々と空中を飛び、好奇心でキラキラと輝く緑色の瞳はアルバートに向けられていた。
「だ……誰だ?」
まさか、もう一体、ボスモンスタートラップがあるなんて言わないよな?