レンのスパイ大作戦 1
――え? 魔法を使うときの心構え? そんなものはないなぁ。これぐらいの力でこのぐらいの威力が出るって感覚かなぁ。魔法なんて簡単だぞ? こう、ぐわわっと力を込めてハアーッて出す! それだけだ!
ギル兄が教えてくれたとおりに魔法を使ったら、訓練場の的をぶち抜き騎士寮の壁を粉砕してしまった。
――何を言っている? 魔法を感覚で使うバカがいるか。え? ギル兄に教えてもらった? ……それは忘れろ。いいか? 魔法は魔法学という方式があり、込める魔力と展開される魔法の因果関係が……。
ハー兄の教えてくれたことは理解できなかった。
でも、頭でいろいろ考えて魔法を使ったら生活魔法よりもしょぼい結果になり、年下の奴らにも笑われた。
父上に魔法の使い方を尋ねたら、ハーヴェイの森に放り込まれサバイバルで教えてもらった。
魔法のコントロールをしている余裕なんてなかった。
とにかく、死ぬかと思った。
――なにをやっているの? 旦那様に魔法コントロールなんてわかるわけないでしょ? あの人はすべて力任せです。
母上の呆れた顔を向けられて、俺は深い息を吐いた。
ちなみにギル兄は魔法を感覚で使っており真似はするなと厳命され、ハー兄は学者並みの知識はあるが魔法は平均レベルで俺の参考にはならないと断言された。
「いい、アル? 貴方は魔力だけは三兄弟の中で一番多いの。私に似たのね。でも、感情の起伏が激しい貴方では完璧なコントロールはできないわ。だから、いいこと? 決して全力で魔法を使ってはいけない。貴方の命に関わることになる。いいわね? たとえ何があっても魔法は八分の力までよ」
国中に恐れられたブルーベル辺境伯の父親が、戦場で背中を任せられると信頼する母上、戦う辺境伯夫人の言いつけを守り、俺はどんなときも全力で魔法を使うことを避けてきた。
……しかし、今ここで力を出し惜しみしたら、パーティーは全滅だ。
どうせ命がなくなるならば、賭けに出てみよう。
「……荒狂う風よ、竜となり我が敵を穿て。ストームドラゴン!」
ケルベロスへと向けた両の掌から放出される魔力に体が悲鳴をあげる。
爪が剥がれ指先から血が噴き出て……ああ、鼻からも血が出ているみたいだ。
目の血管も切れたのか、視界が徐々に真っ赤に染まっていく。
それでも、さらに魔力を込めて魔法を放つ。
奥歯が欠けるほど歯を食いしばり、意識を飛ばさないように、ただ敵であるケルベロスへと視線を定める。
風魔法がビュービューとダンジョン内で暴れ、耳が他の音を拾えない。
ただ、敵を葬るために俺は魔力を込め続けた。
「アル! やめろっ。それ以上はお前の命が持たないっ」
主人であり、友であるアルバートの背中をバシバシと叩くが、奴は魔法の行使に集中していて気が付かない。
風属性最大攻撃魔法であり、アルバートの恐ろしい魔力量で何倍にも膨れ上がった暴風は敵であるケルベロスだけでなく、味方である俺たちやアルバートにまで襲いかかる。
「リン! ヤバいぞ。下手したらダンジョンが崩壊するっ」
ピシピシッと四方の壁から悲鳴のような音が聞こえ、グラグラと地面が揺れ続ける。
「……俺はアルを守る防御壁を張る。お前たちは……逃げろ」
ボスモンスターを倒さないとここからは逃げられないが、もしかしたら別の階層への道が開かれているかもしれないし、ケルベロスが倒れたら転移の魔法陣が出現する可能性もある。
「リンたちは……どうするつもりだ?」
ザカリーの肩を借りてようよう立っているミックの問いに、俺は無言で返事をした。
「バカ! 俺たちもここに残る。お前と一緒にアルへ防御壁を。俺の魔力は残り少ないが……ザカリーは?」
「しょうがないですね。魔力ポーションがあります。それで防御壁を張りましょう」
俺の左右にミックとザカリーが立ち、三人でアルの背中へと手を当てる。
「四人を囲む防御壁を張る。俺が詠唱を、ミックは魔力の譲渡を頼む。ザカリーは俺の張った防御壁に重なるように聖属性の防御壁を張ってくれ」
「「おう!」」
絶対にお前を死なせない、アル。
セバスの一族として生まれた俺が選んだ、唯一の主人を目の前で失うなんてこと、絶対にさせない!
「アル! 生きて帰るぞ!」
俺の叫びと呼応するように二重の防御壁が俺たち四人を囲んでいく。
敵であるケルベロスの姿は、暴れ狂う風の竜の力で崩れた岩壁の砂塵で見えない。
ケルベロスが倒れるか、アルの魔力が尽きるか、ただ俺たちはその戦いを見守るしかできないのだ。
悔しさから唇を噛み、血が垂れても、瞬きもせずに俺たちはその戦いを見つめ続けた。
「っ!」
「リン、何かピカッと光ったぞ」
「ああ。もしかして……」
ケルベロスが倒れドロップアイテムが出現した?
「アル! アルバート!」
ふらっと体の力が抜けアルバートはその場に倒れた。
手は血で真っ赤に染まり、トクトクと命が流れだしている。
顔は真っ白で血の気がなく、目、鼻、口からも血が垂れていた。
「アル……」
「ザ、ザカリー。ヒールだっ! 治癒魔法を!」
「ああ……」
ミックの言葉にザカリーはアルへと両手を翳し治癒魔法をかけるが……力なく四肢を投げだしたアルの体に力が戻ることなく、その瞼も開くことはなかった。