剣と恋 8
剣術大会の開会式も無事に終えることができ、明日からはそれぞれのクラスの本選が始まります。
毎日、観覧席から兄様やアリスターを応援するぞ! と気合いを入れまくりの僕とディディにそれぞれの推しから無情にも「観戦禁止令続行」の命令が!
ひ、ひどいよ兄様!
アリスターの足元でディディも抗議の爪攻撃をかましている。
「どうしたの? 本選が始まったら応援するぐらいいいんじゃないの?」
ペロペロと毛繕いしながら紫紺が二人に理由を聞くと、結局は例の兄様の自称婚約者ミランダさんのせいだった。
「彼女が直接、レンに何かするとは思えないけど、周りにいた取り巻きたちは少し危ないからね」
「ぼく、ケンカしないよ?」
何か言われてもじっと我慢することは大得意です!
「はあん? レンに何かするつーのか、あのお子様たちは」
ギロリと白銀の目付きが鋭くなりニョキッと鋭い爪がこんにちは。
「アタシがいる前で、レンに何かするつもり?」
ピシンッと紫紺の尻尾がいい音を立てて床に叩きつけられます。
「おしっ! 俺様の出番だな」
むんっと胸を張った人化した真紅……は、あんまり迫力ないから、別にいいや。
「白銀や紫紺がレンの傍にいてくれれば大丈夫なのはわかっているよ。でもね……貴族のややこしい関係があるから、手を出されたら仕返ししてもいいってわけじゃないんだ」
「おーいっ! ヒュー、俺様もいる。俺様もいるぞ」
兄様の前でぴょこんぴょこんとジャンプして自分の存在を訴えるけど、兄様と白銀たちは真紅をスルーした。
「いいじゃねぇか。面倒なのはギルにぶん投げちまえ」
「そうね……貴族の難しいことはギルが始末をつければいいんじゃない?」
白銀と紫紺の言葉に兄様も苦笑い。
「いやいや、白銀様、紫紺様。たぶん、団長が面倒になってセバスさんに押し付けたら、白銀様たちに説教するのはセバスさんになりますよ」
アリスターの意見に、ピタリと動きを止めた神獣聖獣たち。
んゆ? どうしたの?
「そ、そうだな。お、大人の世界はいろいろと面倒だから、レン、大人しくしていよう」
「そうよ。どうせ二人は決勝まで進むでしょ? 一番強い奴と戦うときに応援しましょ」
「しろがね? しこん?」
なんで急に兄様たちの味方になるの?
「そりゃ、神獣聖獣といえども、あの執事の小言は避けたい」
腕を組んでムムムと口をへの字に曲げた真紅が真実を放つと、白銀たちはバツの悪い顔をして、ぼくの視線からついーっと顔を背けた。
もう! ブーだよ。
こうして、ぼくとディディは剣術大会の観戦をお預けにされた。
つまんないの。
「いいのか? レン……楽しみにしてたんだろう?」
「お前こそ、ディディを連れて行かなくていいのか? かなり拗ねているぞ」
僕の指摘にアリスターが困ったように眉を下げた。
「そりゃ、俺の雄姿を見せたいけど……もし俺が精霊を連れているってあいつらにバレたら、絶対に文句を言ってくるだろう?」
「ああ。勝ったのは精霊の力で、ズルをしたと騒ぐだろうな」
僕は不愉快な気持ちでフンッと鼻を鳴らした。
ミランダ・ホワイトホース侯爵令嬢の取り巻きは、ホワイトバート公爵家の寄り子貴族の子息やその従者たち。
爵位の高い者はいないが、そのせいか彼女に対する忖度がひどい。
結果、彼女に「婚約者ではない」と真実を言っただけの僕はかなり恨まれていて、あれから顔を合わすたびに悪口を言われている。
僕の従者であるアリスターも同様に。
「そのうち、エスカレートして行動に移すかもしれないし。そのときに僕やアリスターを直接狙ってくればいいが、ああいう手合いは弱い者を狙うからな」
僕はハアーッとため息を吐いた。
そのときに狙われるのはレンだ。
「剣術大会、楽しみにしていたのに。レンが退屈しないように何か考えないとな」
僕を慰めるようにバンバンと背中を叩く親友に、とりあえず笑って見せる。
「ウィル殿下に頼むか。父様は陛下から逃げるので忙しいし……」
僕とアリスターは顔を見合わせて、ひょいと肩を竦めた。
僕の父様の剣技に惚れ込んでいるブリリアント国王様は、王都に父様が来ると執務を放り出して追いかけて回る。
だから、益々父様が王都嫌いになるんだけど。
「ま、ヒューは別の意味でもレンに試合を見に来てはほしくなかったもんな」
「……べ、別に」
僕が出場するヒヨコクラスは成人前の子たちが参加する。
成人前と言っても成人間近な参加者は極僅かで、ほとんどは幼い子のお遊戯会に近い。
……そんな参加者の中にブルーベル辺境伯の甥っ子である僕、ヒューバート・ブルーベルが混じることの恥ずかしさ。
予選では同年齢たちと試合をしたが、本選となれば年下の子どもと剣を交わさないとならない。
そんな大人と子どもの戦いをレンに見せたくない。
なんとなくだけど「にいたま、かっこわるい」と言われそうで怖い。
だから、ミランダ嬢の取り巻きたちのことも気がかりではあるけれど、レンたちの観戦を止めるいい口実になってくれたのは助かった。
でも、このことを僕は後で後悔することになる。
最初からレンを連れてきていれば……もっと早くにわかったかもしれないのに。
そう、ミランダ嬢の取り巻きたちの異常さに。