剣と恋 7
王都の街で白銀と紫紺を「ちょーだい」と我儘を言ってきた女の子と、剣術大会の会場で会ってしまうなんて!
はっ! そうだ、白銀と紫紺を守らなきゃ!
ぼくは驚いてあんぐりと開いていた口を閉じて、白銀と紫紺の体をギュッと抱きしめて、くるりと後ろを向いて女の子から白銀と紫紺を隠した。
アリスターもびっくりして立っているけど、抱っこしているディディは見える人にしか見えないからいいのだろう。
兄様はぼくの体ごと白銀と紫紺を庇うように女の子の前に立ち、護衛の騎士さんはちょっと戸惑いながらも兄様を守るようにやや前に出て左右に並んだ。
「あら? あなたは……あなた様は……」
ううっ、女の子の声が震えているように聞こえるけど、お怒りモードなの? ぷんぷんなの?
ギュッと白銀たちを抱く腕に力を込めれば、ポンポンと紫紺のしなやかな尻尾で頭を叩かれる。
「んゆ?」
「大丈夫よ。あんな子どもにアタシたちが奪われるわけないじゃない」
「そうだぞ。むしろ、こっちが怪我させないように気遣うわっ」
紫紺は優しく微笑んでいたけど、白銀は憮然とした表情で自分の前足の爪を見ていた。
うん、そのにょきっと出した爪は引っこめておこうね。
「ヒューバート様!」
女の子の大きな声にびっくりしてぼくはビクッと体を震わした。
アリスターも驚いたみたいで、抱っこしていたディディをボトリと足元に落として、ディディから抗議されている。
「……貴女は……」
兄様の戸惑う声に被せる勢いで女の子が一方的に喋りまくる。
「わたくし宰相の孫のミランダ・ホワイトホースですわ。侯爵家ですの。まさかここでヒューバート様とお会いできるとは思いませんでした。とっても嬉しいです! もしよかったらご一緒に観戦しませんこと? 退屈な開会式のあとに騎士団の代表同士が模擬戦を行うらしいですわよ? わたくしの観覧席でしたら余裕もありますし、接待役の騎士もおりますの。伯爵家で用意される席よりずーっと素晴らしいですわ」
「……」
んゆ? なんだか早口でよくわからなかった……ような?
兄様も無反応です。
「……いや、ブルーベル家の席のほうが豪華」
ポツリとアリスターが漏らした言葉に、ぼくも頷きます。
だって、最上階の観覧席で、真向いには王様たちの観覧スペースがあるんだよ?
お世話をしてくれる騎士さんもいるし、父様やセバスの解説付きで試合が見れるから、ものすごくお得だと思う。
「遠慮なさらずに! わたくしたち……婚約する仲ではありませんか!」
「……え?」
ええーっ! 兄様とこの子が婚約なんて、ぼくは知らないよーっ!
兄様だってコテンと首を傾げているじゃないかーっ!
「……ということがありました」
女の子……ミランダ・ホワイトホース侯爵令嬢……正しくは侯爵令嬢じゃないらしいんだけど、彼女からのしつこい誘いから逃げ出して、父様の元に戻ってきました。
そして、兄様がとても疲れた顔でご報告。
「セバス……俺、婚約の話、断ったよな?」
「ええ。むしろ抗議文を旦那様の名義だけでなく辺境伯家としても送っております。監督不十分としてホワイトバード家にも送りましたし、なんなら宰相様本人にも個別にお送りしています」
「それは、送り過ぎじゃないか?」
しれっと答えるセバスに、父様の眉が下がりましたが、コホンと咳払いをして、真面目なお顔に戻ります。
「……今回のことも抗議しておこう。面倒だが陛下の耳にもいれる」
「お願いします。あと……ホワイトホース侯爵令嬢がブルーベル家を格下だと思っているみたいですので、そこも追及してください」
「わー……面倒だな」
「令嬢も面倒ですが、その取巻きも面倒です」
あのとき、ミランダ様の後ろには兄様より少し年上の男の子からウィル様ぐらいの子どもまでいっぱいいた。
兄様がいうには、たぶんホワイトバード家の分家や寄子貴族の子息たちじゃないかって。
仲良しなの? って聞いたら、兄様もアリスターも微妙な顔をしたから、彼らとミランダ様の関係は難しいのかもしれない。
でもね、その子たちが騒ぎ出したんだ。
兄様がミランダ様と「婚約はしていません」って答えたら、ものすごく怖い顔をして大きな声で怒鳴ったんだ。
「伯爵家のくせに、ミランダ様との婚約を断るなんて、何様だーっ」とか「さすが辺境の田舎者は己の価値がわからないのか、自惚れやがって」とか言われた。
兄様は黙って聞いていたけど、護衛の騎士さんたちはピクピクとこめかみに血管が浮き出ていたし、アリスターも毛を逆立ててギリギリと歯を食いしばっていた。
婚約していないよって教えてあげたミランダ様はそんな取巻きたちを宥めて、笑顔で兄様にこう言った。
「嫌ですわ。わたくしの婚約者はあなたです。ヒューバート様。絶対にわたくしと婚約していただきますわ」
おーほほほほほって笑っていたけど、ちょっと目が怖かった。
取巻きの子たちは憎々しげに兄様を睨んでいるし、ブルーベル家の悪口を言っていた。
もう……ぼく……ミランダ様のこと、嫌いになってもいいかな?