剣と恋 6
ここです、と騎士さんが開けた扉から最上階の観覧室へと入ります。
うわーっ! すごーい高ーい! 試合をする広場がよく見えるよ。
座る席もスポーツ施設の固い椅子じゃなくて、ふかふかのソファーです。
セバスが騎士さんからメニュー表を受け取っています。
ここでは、お酒も飲めるし食事もできるんだって。
すごい!
広さはぼくと兄様の部屋よりも広くて、ぼくたちの他に母様やリカちゃん、お祖父様もお祖母様も、いっぱいいーっぱい来ても大丈夫なぐらい広いです。
ぼくは興奮して、試合会場が見える一面ガラス窓にへばりついて「キャー」と声をあげ、部屋の広さに感動して、白銀とバタバタと走り回ってしまう。
「こらこら、レン落ち着きなさい」
ぐるぐると部屋の中を走っていたら、苦笑した父様にひょいと抱き上げられた。
まだ走っている気分だから足だけバタバタと動いちゃう。
騎士さんもクスクスと笑ってから頭を下げて部屋から出て行った。
「レン、部屋の中を走っちゃダメだよ」
「あい!」
ちょっとね、ちょっと楽しかっただけだよ。
ふふふ。
その後、騎士さんが持ってきてくれた飲み物と軽食をセバスが受け取ってテーブルに並べ、窓にベタッと張り付いたぼくに父様が説明をしてくれた。
「レン、あっちの正面が王様たちがいる観覧室だ。今日は開会式だから、王族の代表が挨拶するぞ。んであっちが騎士団の控え棟だ。何か問題が起きたら騎士たちがすぐに助けにきてくれるが……ま、俺がいるからレンとヒューは絶対に大丈夫だ!」
「あい!」
そのほか、どこで屋台が出ていて何が食べられるのかとか、もしかして剣術大会の試合は賭け事の対象になっているのでは? とか、白銀と紫紺が質問していた。
毎回、観覧客相手の屋台街ができているらしいけど、人さらいも多いから行ってはダメと禁止されちゃった。
あと、賭け事も王家主催の正式なものと悪い人たちが勝手に賭けているものとあるから気をつけろって……ぼくは賭けないよ?
「そうね……モグリの賭場のほうがハイリターンよねぇ。でも、だいたいイカサマだろうし……悩むわ」
紫紺……悪い人たちと賭け事しちゃ、めっ! だよ。
「父様、レン。そろそろ始まりますよ。座って待ちましょう」
兄様にソファーの座面をポンポンとされたので、タタターッと走ってぴょんと飛び乗る。
開会式は王族代表の挨拶は起立しなきゃいけないけど、あとは自由なんだ!
「ギル。あなた、陛下に過去の優勝者として挨拶するように要請されていませんでしたか?」
「するわけないだろう、そんな面倒なこと。やりたい奴がやればいいんだ」
どうやら、父様は王様の頼みを断ってここにいるみたい……え、いいの?
パンパカパーン!
「ほら、始まったよ」
白い騎士服を着た騎士さんたちが並んでトランペットみたいな楽器を一斉に吹き鳴らしたぞ!
ごめんなさい……退屈だった、開会式。
とっても楽しみにしていたし、はしゃいでいたのに……司会の人やスポンサーの人? いろんな人の話を聞いていて眠くなっちゃった。
寝ぼけ眼でうつらうつらしていたら、兄様にぐらぐらと体を揺らされる。
「んゆ?」
「ほら、王族の方の挨拶だから、立たないと」
「……あい」
兄様の横に立ったぼくは、まだ半分夢の中にいるようで、不安定な体を兄様に寄っかかってなんとか立っていた。
白銀と紫紺もぼくたちの前でお行儀よくお座りしていたよ。
真紅は白銀の頭の上でべしゃりと寝そべっていたけど。
「エルドレッド様だね」
「おーさまじゃないの?」
「少しずつ王太子へ仕事を譲っている……あいつサボってんのか? イテッ」
父様が王様に対して失礼なことを言ったからセバスが父様のお尻を抓っていた。
王太子のエルドレッド様の挨拶は短くて、「とにかくみんな頑張って」みたいな感じで終わった。
ふわわわわっ。
「レンは眠気が飛ばないみたいだね。父様、少し施設内を散歩してきてもいいですか?」
「おうっ。誰か騎士を連れて行けよ。アリスター以外のな」
父様は王太子様の挨拶が終わるとソファーに座って、ワイングラスを傾けた。
ここにきて、かなりの量のワインを飲んでいると思うけど、大丈夫かな? セバスが止めないから平気なのかな?
ぼくは兄様と手を繋いで施設内を眠気覚ましの散歩に行ってきまぁす!
白銀と紫紺、真紅も一緒だし、アリスターもちゃんといるよ。
ぼくたちの後ろにはブルーベル騎士団の騎士さんが二人護衛についてきてくれる。
「ここは偉い人が多いし、王都の騎士もいるから、下の階に行ってみよう」
「あい」
冒険ですね!
でも……大人しくしていればよかった。
父様たちと一緒に退屈な挨拶を聞いて、部屋にずっといればよかった。
そうしたら、あんな子に会わなくて済んだし、嫌な子たちにぎゃあぎゃあと言われなくても済んだのに。
兄様と下の階へ移動してしばらく歩いていたら、突然部屋の中から誰かが飛び出してきた。
「危ない」
兄様はひょいとぼくの体を抱き上げて、飛び出してきた子とぶつからないように守ってくれたんだ。
護衛騎士さんたちは素早くぼくと兄様の前に走り出る。
白銀と紫紺は威嚇しないで。
「ちょっと、危ないじゃない。気をつけなさい、田舎者が」
びゅんと部屋から勢いよく出てきたのは、王都の街で会ったあのホワイトホース家の令嬢だった!