剣と恋 4
白いお花が咲いて柔らかくて甘い香りがふわんと漂う。
ポカポカ陽気に小鳥がピーチクチクと囀って、正面に座るお友達は黒くてサラサラな髪を揺らして首を傾げた。
「レンは、ヒューたちの応援ができなくて怒っているの?」
「ううん、ちがう。おこって、ないよ」
怒ってないもん。
今日からアリスターは剣術大会ブロンズクラスの予選だと、愛剣片手に意気揚々と出かけていった。
契約精霊であるディディをぼくの腕に残して。
兄様と一緒にアリスターの応援に行こうとしたら、兄様が気まずそうに顔を背けて、自分も予選があるから一緒に行けないって断られた。
じゃ、じゃあアリスターと兄様と二人の応援に行こうとしたら、鬼気迫る顔の兄様に大反対されたのだ。
どうも兄様が参加するヒヨコクラスは大まかな年齢別に予選を行うらしく、兄様と同い年の参加者は少ないからあっという間に終わるらしい。
でも、別にそれが理由で応援に来ちゃダメって言わないよね?
ぼくと白銀と紫紺、ついでに真紅と八つの眼に疑いの視線を向けられた兄様は、「とにかく絶対にダメだからーっ」と叫びながら屋敷を出て行った。
ぼくたちを置いてけぼりにして。
エントランスでしゃがんでグチグチと兄様やアリスターへの愚痴を琥珀人形に零していたぼくを見て、今日も王城へと呼び出された父様が同情してウィル様のところへ連れてきてくれたんだ。
珍しくダイアナさんはいないみたい。
「ヒューもアリスターも必ず本選に進むのだから、そのときにいっぱい応援してあげればいいよ」
ニコッと笑うウィル様に、ぼくは口を尖らせたままコクリと頷いた。
そのまま、ウィル様のお兄様の話や、ウィル様が頑張っている勉強の話と、会わなかった時間を埋めるようにお喋りをした。
先日の大冒険、氷雪山脈地帯の話はしちゃったから、今度は最難関ダンジョンを目指す話だよ。
「最難関ダンジョン……」
「あい。ぼくも、いくの」
「えっ? だって最難関ダンジョンだよ?」
「しろがね、しこん、しんく! おともだち、いっぱい」
白銀と紫紺がいればどんなに強い魔獣でも一撃だもん!
真紅はぼくが守ってあげるし、もし危険が迫れば瑠璃と桜花も呼びだせる。
ちょっと不安だけど、琥珀が分身体に意識を移せば千人力だよ!
ふんすっ、ふんすっ、と鼻息荒くウィル様に話せば、ぼくの勢いに気圧されたウィル様は顔を引き攣らせ苦笑する。
「そうだね。神獣様と聖獣様が一緒なら、どんなダンジョンでも大丈夫だよね」
「あいっ!」
でも、父様は心配性だから最難関ダンジョンへ行くことを許してくれないだよ。
そうして、兄様とアリスターに置いてけぼりにされたぼくのささくれだった気持ちは、ウィル様との楽しいお喋りでどこかへ吹っ飛んでいってしまったのだった。
……おい。
俺はちょんちょんと奴の赤くてツルスベな背中を突いてみる。
「やめなさいよ。契約主に置いていかれて拗ねているんだから」
ドンッと横から紫紺に体当たりをされて、俺はおっとっとと体勢を崩した。
「置いていかれたのは、しょうがないだろう? アリスターがこいつを邪魔だって……」
「ギャウッ」
「イテーッ!」
アリスターの契約精霊である火の中級精霊ディディの奴が俺の足にガブリと噛みつきやがった。
ぴょんぴょんと片足で飛び跳ねる俺の姿を冷めた目で紫紺は見つめ、真紅はゲラゲラと大笑いしやがった。
「ピーイッ!」
<余計なこと言うからだっ!>
「そうよ。そっとしておいてあげなさい。アンタだってレンに置いていかれたら、しょげるでしょ」
うっ! 確かにレンに「邪魔」と言われて置いていかれたら……、不貞腐れてそこら中に雷を落としまくるかもしれん。
噛まれた前足をペロペロと舐めて、ちょっとしょんぼり尻尾を垂らす。
「レンはウィルとのお喋りで機嫌が直ったみたいだけど……二人が無事に本選に進んで応援できるまで厄介だわね」
「ピイピイ? ピピッ?」
<……大丈夫じゃねぇの? 狼っ子はともかくヒューは不戦勝だろ?>
紫紺が頭を下にググっと下げて、小さい体の真紅と会話している。
「ギャーウ」
ディディの奴は不満そうにひと鳴きすると、太くて短い尻尾をくるりと自分の体へ寄せていじけだした。
さて、ヒューかアリスターが剣術大会で優勝すれば、最難関ダンジョンへの挑戦が許される。
ヒューは単純にダンジョンに挑戦したいかもしれないが、そもそもの目的は精霊楽器か風の精霊の契約者を探すことが目的だ。
精霊楽器はともかく、最難関ダンジョンに都合よく風の精霊が興味を持ちそうな奴がいるとは思えんし、もっと見つけにくい光の上級精霊とかはどうすんだ?
闇の上級精霊であるダイアナは、どこにいるのか見当がついているみたいだったが……俺でさえ光の精霊と会ったのは数えるほどだ。
「しかし……。本当にレンは最難関ダンジョンに行くつもりなのかな?」
「行く気マンマンよ? 自慢げにウィルに話しているじゃないの」
あーかわいい、とうっとりレンの姿を見守る紫紺に俺も同意するが……、大丈夫かな?
俺たちがいれば、この世界のどんな魔獣にだって勝てるし、いざとなったら瑠璃と桜花もいる。
琥珀と真紅は戦力外だし、翡翠なんて一生ぬいぐるみ状態でセバスに首ねっこを掴まれていればいい。
だが……最難関ダンジョンの場所って……なんかイヤな気配がするんだよなぁ……。
その昔……あそこで俺と真紅が何かやらかした記憶があるような? ないような?
う~む……、まあ……いっか!
何かあっても、神獣の中で強くて頭もよくてかっこいい俺がいれば、だいたい大丈夫だよな!