剣と恋 1
王都の街は、剣術大会開催の日が近づくにつれ、訪れる人が増え屋台や露店もあちこちで店を開き、気のせいかブルーベル家へもお茶会やら夜会の招待状が山のように届いているみたい。
「……信じられない。この俺が王城へ赴く日を嬉しいと思うなんて!」
毎朝、父様は朝食の席で複雑そうな顔で叫んでいます。
「全部、断ってください。僕は父様との約束で剣術大会に出場するのです。貴族令嬢との顔合わせのためではないです」
兄様はプンスコ怒っています。
ブスッとお行儀悪くソーセージをフォークで刺してますよ?
「承知しております。ヒューバート様への招待はすべてお断りしています」
セバスがぼくのコップにトプトプと果実水を注いでくれる。
「俺は? 俺への招待も断ってくれよっ。どうせヒュー絡みだし、パートナーのアンジェはいないし!」
うん、母様はリカちゃんと一緒に剣術大会の決勝日に観戦に来るんだよ。
「……自分で返事を書きなさい」
セバスの厳しい一言に父様はテーブルに突っ伏した。
項垂れているけど、父様は「王城に行くからお断り」って書けばいいんでしょ?
あんなに嫌がっていたのに、貴族の相手をするなら王様の相手をしたほうがマシだって言ってたもん。
「陛下と剣の稽古をしたり、騎士たちの訓練を監督したりするほうが、父様には楽しいんだよ」
こそっと兄様がぼくの耳に囁きました。
「……これってノーキンっていうのか?」
白銀が口の中にお肉をいっぱい頬張って紫紺に尋ねると、紫紺はペロリと口の周りを舐めて答えます。
「アンタと同類っていうのよ」
今日のぼくはちょっとご機嫌斜めです。
兄様が朝食を食べたあと、そそくさと一人でお出かけしてしまいました。
一応ね、兄様は伯爵子息様なので、騎士のアドルフが付き添って出かけていきましたけど……ぼくはお留守番。
父様もセバスと二人で王城に行ってしまった。
うう~ん、ぼくも父様たちと一緒に王城に行けばよかったかな?
そうしたら、ウィル様とお城で遊べたかも。
でもね、ウィル様も王子様としてお仕事があったり、お勉強したり、忙しいんだって。
「レン、暇なのか? 駆けっこするか」
「嘘でしょ? アンタの中で遊びって駆けっこなの?」
「ち、ちげぇーっ。レンに合わせてチョイスしただけだ!」
なんだか、白銀と紫紺は二人で楽しそうにキャッキャしている。
「いや……二人が揉めてんのはお前のせいだろう?」
人化してモグモグと蒸しパンを食べてる真紅がぼくを責めた。
「んゆ?」
「だいいち、ヒューが一人で街に行ったのも、剣術大会の参加申し込みに行ったんだろう?」
ドカッとぼくの隣に胡坐をかいて座る真紅は、食べながらも喋り続ける。
お行儀悪いよ?
兄様は剣術大会のヒヨコクラスの参加申し込みに出かけていったのだ。
ぼくも一緒に行くって頼んだけど、ものすごく顔を歪めて笑った兄様は、ぼくに留守番していてほしいって。
こっそりと騎士のバーニーが教えてくれたけど、ヒヨコクラスはまず年齢別に受付して、人数の多いクラスは予選を行う。
兄様みたいに成人間近な参加者は少ないから、申し込んだだけで本選出場は確実らしい。
「そもそも、参加するほうが珍しいからね」
バーニーが苦笑していたけど、兄様は成人していないからヒヨコクラスしか参加できないんだよ?
毎回ヒヨコクラスは十~十二歳の出場希望者が多くて、予選を行い本選出場者を絞る。
しかも、優勝者もこの年齢からが一番多いんだって。
「でも、こんかいは、にいたまが、ゆーしょー!」
ムンッと右手を高く上げれば、バーニーもうんうんと頷いてくれた。
「むしろ、優勝できなかったときのヒューバート様が怖いです」
なんかバーニーが小さい声で呟いていたけど、なんだったんだろう?
しかも、ぼくが「兄様が優勝」ってみんなに言いまわっているとき、父様がニヤリと笑って「それはどうかな?」って意地悪なことを言うんだよ?
なんでだろう?
兄様が優勝するのに決まっているのにね!
「くちゅん」
「ヒューバート様、大丈夫ですか?」
僕はアドルフの視線から顔をやや背けて首を横に振った。
ただのくしゃみだ。
それでも、この場で目立つことはしたくないのにと、ますます心がささくれだってくる。
王都に設けられた剣術大会の申し込み所に並んでいて、僕は恥ずかしいやら悔しいやらで複雑な心境だった。
だって、周りにいる子はみんな僕よりも背が低い子どもばっかりだから。
成人前の大会はヒヨコクラスと呼ばれ、その出場者のメインはまだ幼い十歳から少し体が成長し始める十二歳と言われている。
過去の優勝者も十~十二歳が一番多い。
……つまり、十二歳以上は子どもに交って大会に出るのが恥ずかしいから、出場しないんだよね。
僕だって、大人のクラスのブロンズか、せめて貴族子息が参加するシルバークラスがよかった。
子どもが参加申し込みするために付き添っている親たちの、「あの子、出場するの?」という視線が痛い。
「はあああああぁっ」
我慢してもついつい深いため息が出ちゃうよね?