不吉な予感 8
アリスターが剣術大会に出場しているときは、ぼくたちでディディを預かることを快諾しました。
ディディはちょっと寂しそうだけど、ぼくと一緒にアリスターを応援しようね!
剣術大会の本選は王族や高位貴族も観戦に来るとのことで、特別観覧席が設けられている。
ブルーベル辺境伯家の観覧席で、ぼくも兄様やアリスターを応援することができるのです。
普通の席で応援しようとしても、背が低くてよく見えないもんね。
「……レン。僕のときは応援に来なくてもいいんだよ?」
なんか萎れたお花みたいな兄様が小声で囁くけど、そんなもったいないことはしません。
「だいじょーぶ! みんなで、おうえん、がんばるの」
えいえいおーと右手を高く上げると、兄様のキラキラな碧眼に絶望の色が混じる。
「んゆ?」
「いいのよ。ヒューのことは、そっとしておきなさい」
そう? 紫紺。
「レン。どうせヒューが勝つのは決まっているから、大人しく静かに応援しような」
いつもの白銀だったら、ぼくより大騒ぎするのに、何か悪いものでも食べたの?
「レン! 観覧するときは奥様もリカ様もいらっしゃるんだろう? それに、辺境伯様やレイラ様も。ああ、他にもたくさん。レンが頑張ってヒューの代わりにおもてなししないとな」
おもてなし!
そうです! いつもは兄様がみんなにさりげなく声をかけているけれど、今回は兄様はいません。
ぼくが、このぼくが頑張るのです!
「なんか……メラメラとレンの何かが燃えているぞ?」
くちゃくちゃと口の中にお菓子を詰め込んだ真紅が不思議そうにぼくを見ているけど、真紅も協力してね!
「……なんだろう。さらに不安になったんだけど」
「すまん、ヒュー。別の何かに引火してしまったみたいだ」
兄様とアリスターがコソコソと話していたけど、ぼくは初めてのホスト役にフンフンと鼻息が荒くなったのでした。
最難関ダンジョンに挑戦したのは、やはり冒険者たるもの名だたるダンジョンを全制覇すべきだろうという崇高な目的ではなく。
ただひとえに怒れる父親たちからの扱きから逃げるためだった。
「……こんなことなら、大人しく兄たちの地獄の特訓を受け入れておけばよかった」
俺の隣でリンが悔し気に呟くが、あれは逃げられるなら逃げたいと思っても仕方のない特訓だと思う。
あと……何が怖いって、その扱きを四苦八苦しながらも耐えるギル兄の能力の高さと、涼しい顔を崩さないティーノの恐ろしさだ。
ギル兄の弟である俺も、ティーノの弟であるリンも、ハッキリ言ってかなりの実力がある強者だ。
ただな……身内の強さがハンパないのだ。
そんな身内にコンプレックスを抱き、フラフラと冒険者稼業を楽しんでいたが、そろそろ遊びの時間は終わりにしないと。
そう思って、最後の逃げに挑戦した最難関ダンジョンだったけど、まさかボスモンスターを倒したあと、追加とばかりにトラップに落とされて、連戦でボスモンスターと戦う羽目になるなんて……ツイてない。
「アル、リン。あれ……まさか……」
目を大きく見開いて姿を現したボスモンスターを見るミックと、ポカンと口を開けるザカリー。
「……ケルベロス……にしてはサイズがおかしいな」
「ああ。俺たちが知っているケルベロスって馬ぐらいの大きさだもんな」
俺とリンは呑気に会話を交わしているが余裕があるわけじゃない。
こうして、なんとか冷静さを保っているのだ。
「ドラゴン並みの大きさじゃないか……」
「まさか……口から炎を吹きませんよね?」
ミックの憎々し気な声に、神への祈りのポーズでザカリーが泣きごとを呟く。
「やるしかないな」
「ま、やらないと出れませんからね」
俺は愛用の剣をグッと握りなおす。
リンは「ハーッ」と深い息を吐いた後、体中に魔力を漲らせる。
「おいっ、気を抜くな。あいつはデカさは規格外だが、ケルベロスだ。三つの頭に注意して、まずは足を狙うぞ」
「はっ! そうだ、ケルベロスだ。わ、わかった。先行は俺が行く」
俺の喝でミックに気合いが入り、両手に武器を取り、ステップを踏むように飛び出していった。
「リン、援護を頼む」
「了解! ほら、ザカリー。あいつらの素早さを上げて」
「うわっ。は、はい」
バシンとリンに背中を叩かれて、正気を戻したザカリーが俺とミックにバフをかける。
ただのケルベロスがデカくなっただけであってほしいが、ケルベロスの体からビュルルルと風を切る音がし始め、俺は顔を顰めた。