笛の音を追って 6
父様がぼくを片腕抱っこしたまま、連れて来た騎士さんたちにテキパキと指示を出している。
ひとりひとり縄で拘束された悪人たちは、さらに連なるように別の縄で一纏めに繋がれていく。
「こいつらを、先に街に連れていくか」
騎士さんたちが馬で街に戻り荷馬車を何台か持ってきて、捕まえた人と子供たちを街に戻す……んだけど、とにかく人数が多かった。
最初、ぼくと兄様が見た悪人のおじさんは、道化師の人を除いて4~5人だったのに、いつのまにか10人を超えている。
父様たちが道中に捕まえた人と、たぶん道化師の人が消えたあの木の洞から出てきた人?
全部で小規模の盗賊団ぐらいになるって、父様が頭を抱えていた。
しかも、事情をよく知っていそうな道化師の人を逃がしちゃったしね。
ごめんなさい、父様。
「しかし…子供たちが起きているのに寝ているような状態はどうしたものか……」
父様が子供の顔をひとりひとり見ていくが、誰とも目が合わない。
みんな、ボーッとどこかを見ている。
お話もできないし、泣いたりもしない、お人形さんみたいな状態だ。
「ふむ。このままだと親御さんも困るだろうしな……」
父様はぼくを腕から降ろして、横を歩いていた紫紺に預ける。
どうやら、これからのことをセバスさんと相談するようだ。
セバスさんはウチの執事さんなのに、今回は剣でバッタバッタと悪人を切り伏せて、すっごく強かった!
今はキラーンと片眼鏡を煌めかせて、後処理を手伝ってる。
「レン、あっちで馬車を待ってましょ」
紫紺が指し示した場所には、白銀と兄様たちがいる。
なにか、地面をじっと見ているけど?
何があるんだろう?
トテトテと危ない足取りで兄様の方へ。
「どうちたの?」
何を見ているの?と下を向けば、あの道化師の人が吹いていた笛がちまっと落ちてる。
「ふえ……?」
これは、いわゆる証拠品なのでは?
父様には言わないの?
「触っていいものか……。魔道具だと思うけど、呪具の可能性もあるからね……」
兄様がむむっと難しい顔をした。
呪具……。でも、その笛からは黒い靄はもう出ていない。
あの道化師の人が持っていたときは、黒い靄がもくもく湧き出ていたけど、今はコロンと落ちている普通の笛に見える。
小学生が、道で練習しながら歩いている黒い立て笛とそっくり。
兄様と白銀と紫紺が「どうしたものか」と困っているのを横目に、ぼくはそれをひょいと拾ってしまう。
だって立て笛、ぼくも吹いてみたかったんだもん。
「「「あーっ」」」
そんな大声出さなくても大丈夫だよ?
でも吹くところは、ばっちいかもしれないから、洋服の裾でふきふき。
「フーッ」
あれ?音が出ない。
顔を真っ赤にしてもう一度吹いたけど、やっぱり音が出ない。
壊れちゃった?
「や、やめなさい……レン」
「そうだぞ!そんなモン、ぺいってしろっ」
ううーっ、音が出ないーっ。
指が笛の穴に届かないから?
でも立て笛は吹いただけで音が出るはずなのに……。
もうちょっと笛が小さかったら吹けるかな?と思ったら、手に持った笛がぐにゃりと形を崩した。
「わあっ!」
え?ええ?
どうしよう……とオロオロしてたら、笛はあっという間にぼくの手にぴったり収まる形に変わっていた。
これって…オカリナ?
たぶん、オカリナの方が立て笛より音を出すのが難しいと思うんだけど…。
ぼくは恐る恐る、オカリナもどきに口を当てて、フーッと吹いてみる。
ピィー♪
「鳴った!」
音が出た。
ぼくは嬉しくなって、適当に穴を指で塞ぎながら、ピイピイ、オカリナを吹く。
「レン、大丈夫なの?気持ち悪くない?」
兄様が心配そうに問いかけるけど、大丈夫!とっても楽しい気分だよ?
ぼくは小躍りしながら、ピイピイ吹きまくる。
どうやら無意識に力が入ってたらしく、魔力を込めて吹いてたみたい。
オカリナからキラキラと光る粒子が溢れ出して、空に輝き広がっていく。
楽し気に笛を吹いてるぼくは気づかなかったけど、兄様と白銀と紫紺は口をパッカーンと開けて空を見上げていた。
ピィー♪と強く吹けばキラキラが溢れて、ピイピイとリズムよく吹けばキラキラが空から舞い落ちて……。
そんなことを繰り返していたら、急に父様たちと一緒にいた子供たちが騒ぎだした。
「ママーッ!」
「ここ、どこー?」
「うわああん」
ぼくは笛を吹くのを止めて、コテンと首を傾げる。
「みんな……どうちたの?」
「子供たちの意識が戻ったみたいだね。レンが笛を吹いたから?」
「……レン…魔力を込めて吹いたでしょ?」
紫紺の質問にコクンと頷くぼく。
わざとじゃないよ?強く吹いたら魔力が混じっちゃったの。
「浄化……された、とか?」
白銀の乾いた笑い。
なんで、ぼく、悪いことしたの?
しゅんと落ち込んだのが分かったのか、兄様が優しく頭を撫でて慰めてくれた。
「レンは悪いことしてないよ。むしろ、子供たちが元に戻ってみんなが喜ぶよ」
「あい。でも……ごめんなしゃい」
これ、どうぞ、と兄様にオカリナになった笛を渡す。
ちょっとしょんぼりモードのぼくの耳に、アリスターの声が聞こえた。
「アリスター?」
彼はどこにいるの?と辺りを見回すと、あの妹だろう小さな女の子の体を掻き抱いて、アリスターが膝を付き慟哭していた。
「キャロル!キャロル!よかった。よかった……」
「お兄ちゃん?」
キャロルと呼ばれた獣人の女の子は、あの道化師の人と一緒にいた女の子で、
今はアリスターに抱きしめられて、大きな目を見開いて不思議そうに立っている。
ああ、あの子も元に戻ったのかな?よかったね、アリスター。
兄様はアリスターたちを見つめるぼくの肩を抱いて、ニッコリと。
「よかったね、レン」
「あい」
そう、ぼくは……アリスターを助けたかったんだ!