不吉な予感 4
突然ぼくたちの前に現れた一人の女の子。
とっても失礼なその子は、ぼくの大事なお友達の白銀と紫紺を「ちょうだい」って強請ってきたのだ。
ハッ! これが噂のカツアゲ?
前の世界でドラマやアニメでしか見たことがなかった、不良が金品を巻き上げるザ・カツアゲ?
ぼくは恐怖にブルブルと震えながらも、白銀と紫紺を守るために伸ばした両腕を下げることはしなかった。
う~怖いいぃぃっ、でもでも白銀と紫紺は誰にもあげないもん。
「なに? わたくしに逆らう気?」
女の子の片目が細く眇められ、不機嫌そうに口元を歪めると、後ろに控えていた男の人を手で呼んだ。
「おいお前。この子からあの白いのと黒いのを取ってきなさい」
「はっ!」
うわうわ、どおしよう。
男の人が力尽くで取りにきたら、白銀と紫紺を守ってあげられない。
「いやね。アタシは黒じゃないわよ」
紫紺がブツブツと文句を言っているのが聞こえたけど、そんな場合じゃないよ。
ううっ、男の人の腰には、騎士団のみんなみたいに剣が差してある。
その剣がもしぼくに向けられたら……ぼく、怖い。
先が尖ったものを突き付けられると怖くなる症状は、この世界で暮らすうちにだいぶ落ち着いた。
自分で木剣持って剣のお稽古もできるもの。
で、でも、剣とか刃物を自分に向けられたら、あのときを思い出して足がガクガク震えてきちゃうよ……。
両腕で頭を抱えて小さく小さく体を縮めてしまいたい。
でも……白銀と紫紺を守らなきゃ。
「……っく。ひぃ……っく」
我慢しても目から涙が零れ落ちるし、喉はヒックヒックと鳴り出してしまう。
怖い、怖い……怖いよ……。
男の人がぼくへと手を伸ばしてきたとき、怖くて目を瞑ってしまいそうになったぼくの前に何かがシュッと飛び出してきた。
「ピーイッ! ピイピイピピッ!」
<ふざけんなっ! 俺様の舎弟に汚い手で触んなっ>
白銀の頭から飛び降りてきた真紅が、小鳥姿のままで男の人の手をその小さな嘴で突いている。
「イタッ。イテテッ。こいつ、どけ」
男の人は真紅の体を反対の手で摑まえると、そのまま思いっきり投げ捨てた。
ベシャッ!
「しんくっ!」
たいへん、強い力で地面に叩きつけられちゃった!
「「ガルルルルルルルッ」」
しまった! 真紅が危害を加えられたから白銀と紫紺が迎撃態勢に入っちゃった!
ど、どうしよう。
ベチャッとなっている真紅を助けたいし、白銀と紫紺を守りたいし、二人が大暴れするのを止めたいし……どうしよう?
タタタタッ。
「どうした、レン?」
駆けてくる足音と、背中に添えられた温かな手のひら。
「っしゅ。ア、アリスター」
涙と鼻水で汚れた顔を上げたら、心配そうに耳をぺしゃりと垂らしたアリスターの姿があった。
ぼくは、アリスターの顔を見た途端、安心感に包まれてぐんにゃりとその場に倒れた。
「レン? ど、どうした……へ? し、白銀様……本当ですか?」
倒れたぼくを抱き込んだアリスターの背中にのしっと自分の体を乗せた白銀が、ボソボソとアリスターの耳に今までのことを臨場感たっぷりに吹き込んでいた。
「おい、そこをどけ。お嬢様がお望みのそこの白と黒の小さいのをもらい受ける」
男の人がアリスターの肩をガシッと掴んで追い払おうとするけど、アリスターはバシッとその手を払い落とした。
「何を言っている? この子が誰なのか知っているのか?」
剣呑な目つきのアリスターが、ぼくが聞いたこともない低い声を出した。
「な……なにを」
「知らないのか? ああ、そっちの名前も聞いておくか。あとで主人から抗議書を送ってもらわないといけない」
ぼくを抱っこしたアリスターはスッと立ち上がって、もごもごと口を動かす男の人をギロリと睨みつけた。
ぼくが怖い顔になっているアリスターを見ないように下を見ると、白銀と紫紺が男の人の足をむぎゅうと踏んでいる。
「なにをやっているの」
あの女の子が目を吊り上げてズンズンとこちらにやってきた。
男の人の体を押しのけて、ぼくを抱っこしたアリスターと対峙する。
アリスターの肩越しに、真紅がヨロヨロと立ち上がるのが見えた。
「……しんく。うえっ、うぇぇぇん」
真紅、よかった無事だった。
白銀と紫紺が真紅に駆け寄り……あれ? 前足でバシバシ叩かれているように見えるのは幻覚かな?
「ちょっと、こっちを見ないでよ」
女の子はアリスターから距離を取るのに、後退りする。
「いやだ……ケモノ混じりじゃないの。汚らしい」
えっ! なに? 何を言ったの?
ぼくはくるりと女の子に顔を向けて、大声で叫んだ。
「アリスターはきしだもん! きしだもん! つよいんだから!」
絶対に、絶対に許さないっ。
ぼくの大好きなお友達を傷つけた!
「わたくしを誰だと思っているのよ。ホワイトホース侯爵令嬢で、お祖父様は宰相なのよっ」
怖い顔をした女の子の右手が振り上げられて、ぼくの顔へと振り下ろされる。
「っつ!」
バシンと痛い衝撃は訪れず咄嗟に瞑った目を開けると、兄様の背中が視界いっぱいに広がっていた。
「にいたまぁぁっ」
「……僕たちはブルーベル伯爵家の者で、こっちはブルーベル辺境伯騎士団の正式な騎士ですが? 何か問題がありましたか?」
兄様が片手で女の子からの張り手から守ってくれました!
よかったああぁっ。