王都にて 5
大好きな兄様とお友達と王都で楽しく屋台の食べ歩きとお店での買い物をしてきたぼくは、ニッコニコで王都屋敷の玄関に駆け入った。
「たっ、だいまー!」
満面の笑みでお迎えしてくれたフィルと、ちょっとお疲れモードのセバスにご挨拶します。
「おかえりなさいませ」
「レン様。おかえりなさい」
後ろから兄様と大きな荷物を抱えた人化した白銀と紫紺、その後ろにディディを抱っこしたアリスターと続きます。
真紅はね、いっぱいお肉を食べてお腹がぽんぽこりんで苦しいから、小鳥姿で白銀の頭の上で寝ているんだよ。
「んゆ?」
わざわざ、ぼくたちのお迎えに父様がエントランスまで来ているぞ?
出かけるときに「王宮へ一緒に行ってほしい」というお願いを無視したから、怒っていると思ったのにな?
ぼくが首を傾げている横を兄様がスタスタと通り過ぎる。
「フィル。馬車にある荷物を僕の部屋に。あと、僕とレンは少し街で食べてきたから、夕食は軽くしてほしい」
「かしこまりました」
兄様はフィルのお辞儀に「うむ」と頷いて、クルリと体の向きを変えアリスターに命じる。
「アリスター。今日はありがとう。今日はもういい。また、明日から頼む」
「あ、ああ。じゃあ、失礼します」
アリスターは兄様と父様の顔を交互に見て、愛想笑いをしながら静かに自分に宛がわれた部屋へと去っていった。
「なんだ? 変な空気だな?」
何もわかっていない白銀が紫紺に尋ねるが、ボゴッと鈍い音が聞こえてきた。
「しーっ。静かにしてなさい」
どうやら紫紺の肘が白銀のボディに炸裂したようだ。
「レン。王都は楽しかったか?」
「へ? ……あい、たのちい」
楽しかったよ? 楽しかったけど……父様の笑顔がちょっと黒くて、ぼくの背中がひんやりとします。
「ヒューも楽しかったよな?」
「ええ、とっても」
え? ええ? なんだか二人の間の空気が冷え冷えです。
「レン。こっちにいらっしゃい」
紫紺が手招きするので、ぼくはスタコラサッサと逃げだしました。
だって、あそこ怖いよ?
「そうか、そうか。楽しかったか。俺を一人王宮へ行かせて、お前はレンと王都巡りして。俺がいなかったのに楽しかったか」
バンバンと父様が兄様の背中を叩きます。
「イタタ。なんですか、元々今日の予定に父様は入ってませんでしたよね? ゆっくりしたいって言ってたじゃないですか!」
兄様が父様からササッと離れて距離を取りました。
父様は兄様へムッとした顔を隠さず、文句を垂れます。
「だって、王宮から来た翌日に招待状が来るとは思わないだろう? アルフレッドの奴、王様業で忙しいくせに俺に絡みやがって面倒な。ヒューもレンも父様を置いて遊びに行くとは何事か!」
「……大人げないです、父様。それは、屁理屈です」
ああ……兄様の顔もムッとしてしまった。
ググッと二人の睨み合いがしばらく続くかなと思ったら、父様はニヤリと企んだ笑みをぼくたちに向けます。
「まあ、いい。父様は寛大な気持ちで許してやろう。さあ、ヒュー受け取れ」
不自然に背中に隠していた片手を前に出し、兄様に「はい」と渡したのは手紙の束?
「にいたま、それなあに?」
紫紺たちに守られながら兄様へ尋ねると、兄様の眉間にはグワッと深いシワが。
「これ……断ってください」
「ふわははははは。いいんだぞ? 好きな家に行きなさい」
父様がとっても嬉しそうに声を出して笑うけど、兄様は怖いほど無表情になってしまったし、フィルとセバスは頭を押さえて主である父様をあまり見ないように背を向けてしまった。
「なんだ、そんなイヤな手紙なのか?」
白銀が好奇心丸出しで兄様へ近寄り、ひょいと一通の手紙をその手から抜けとる。
「……なんだ? お誘いの手紙か?」
字は読めても貴族同士の厄介な言い回しが理解できない白銀は、その手紙をポイッと紫紺へ渡してしまう。
「あら、お茶会の誘いよ、ヒュー。それも女の子から」
フフフと目を半円にして笑う紫紺から、頬を赤くして兄様は手紙を奪い返した。
「断りますから!」
「なんで? おともだち、あそびのしゃそい」
兄様のお友達から遊びましょの誘いでしょ?
「レン。ちがう、これはちがうんだ」
兄様がぼくの両肩に手を置いてガックリと膝をつく。
「んゆ?」
「……レン様。こちらの手紙はすべてお茶会の誘いですが、そのう、婚約の打診でもあります」
な、なんですとーっ!
びっくりして目がまん丸になっているぼくへ、セバスの補足とばかりにフィルが口を開く。
「ヒューバート様も婚約者がいてもおかしくない年頃ですし、ギルバート様が伯爵位を得られたのでヒューバート様は伯爵家嫡男。貴族令嬢にとっては狙いの的です」
「ち……ちらなかった」
だって、ブルーベル辺境伯の嫡男であるユージーン様は、いつもフラフラ遊んでいるんだよ?
はっ! ユージーン様にはもう婚約者がいるとか?
ぼくは膝をついている兄様の肩を揺さぶり、ユージーン様の婚約者を確認してみる。
ぼくの知っている人だったら、どうしよう?
「え? ユージーンは婚約者はまだいないよ」
従兄であるユージーン様なんてどうでもいい、みたいな投げやりな口調で答えてくれた。
「ああ。ユージーンは幼いときに好きな人がいるって王宮のガーデンパーティーでぶちまけているからな」
なにしているの、ユージーン様!