王都にて 3
ちびっ子転生日記帳のコミカライズ第1巻が3月14日に発売されました!
とってもかわいい本ですので、ぜひお願いします!
小説3巻も発売中です。
ガタンゴトンと馬車はゆっくりと走り、やがて立派な門の前で止まりました。
「はい。貴族街はここまで。あとは歩いて移動だよ」
「んゆ?」
兄様に抱っこされるため両腕を「ん!」と伸ばしたぼくは、兄様のセリフに首を傾げた。
「レン。今日は貴族街のお店じゃなくて平民街の大通り沿いを歩いて、いろいろと見たり食べたりするんだぞ」
アリスターがキラキラと目を輝かして教えてくれる。
ディディの背中の鱗も一段と輝いているようだった。
「あら、いいわね」
「貴族街の高っい肉もいいが、平民街の屋台も旨そうだ」
「ピイッ」
<俺様も食いながら歩く>
真紅は自分も屋台で買い食いがしたいと、ボワンと人化して兄様の足へと纏わりついた。
「あちゃ~。真紅様まで子どもの姿に。どうするよ、ヒュー」
「かまわないさ。白銀と紫紺がいるしね。白銀たちはどうする?」
兄様は白銀たちと目線を合わせるように背を屈めた。
「どうする?」
「そうねぇ。人が多いからこの姿だと踏まれちゃうかも」
白銀と紫紺も暫し考えたあと、ボワンと人化した。
「しろがね! しこん!」
ちょっと前まで遊びに行っていた氷雪山脈地帯でも、二人は人化して冒険者のフリをしていたけど、王都でもその姿になるとは思わなかったよ。
「王都の平民街にも冒険者がチラホラいるし、こっちのほうが目立たないわね」
「冒険者だったら、自分の金で肉が食えるな。紫紺、預けていた金をくれ」
紫紺にホイッと手を出した白銀は、手の平に乗せられた一枚の銀貨を握りしめ満面の笑みを浮かべた。
「おいっ、おーいっ。俺様にも金をくれ!」
紫紺に向かってぴょんぴょんと飛んでアピールしいた真紅は、紫紺の切れ長の眼に睨まれてうぐっと言葉に詰まる。
「アンタにお金なんて渡すわけないでしょ。第一、アンタは何も稼いでないでしょうが。欲しいものがあったらアタシに言いなさい」
いいわね! とキツく言われた真紅は涙目でコクンコクンと何度も頷いていた。
「あれが、神獣フェニックス様か……」
アリスターのやや失望した声に、ディディが呆れた顔でため息を吐いた。
「ほら、行こう」
兄様に抱っこされたぼくは、大好きなお友達と楽しい王都観光に行ってきます!
一人の少女の周りに大人たちが困惑して立ち尽くしていた。
「お、お嬢様、やはりお戻りになりませんか?」
ここは、少女が安全に移動できる場所ではない。
幼いときからお世話をしている女性も、少女を護るために同行している騎士たちも、なんとか門の向こうへと連れ戻したいと焦っていた。
「いやよ。いつも同じ店で飽きたわ。それに昨日のお茶会で平民街のスイーツ店が美味しかったって自慢されたのよ? このわたくしが!」
少女はやや吊り上がった目をさらに険しくして、お付きの女性たちを睨んだ。
「そ、それは……。では、私たちがそのお菓子を買ってきますので」
「うるさいっ。わたくしが行きたいと言っているの。お前たちは黙って案内をすればいいのよ」
フンッと顔を背けてしまった少女に、周りの大人たちは心の中でため息を漏らす。
「お嬢様。平民街はただでさえ治安が悪く、今は剣術大会でさらに怪しい奴らが集まってきています。どうか貴族街へとお戻りください」
騎士の中でも特に強そうな壮年の男が膝をつき少女と目線を合わせて諭すが、少女はギリギリと眉間にシワを寄せる。
「どうして? 貴方達がいるじゃないの。騎士でしょ? わたくしを護るためにお父様から命じられてここにいるんでしょ? だったら護りなさい!」
少女は腕を組み偉そうに仁王立ちした。
「お嬢様。騎士たちは危ない場所からお嬢様を遠ざけるのも仕事なのです。あまり我儘を言うのは……」
「なんですって! わたくしがわがままだというの? お前、よくも主人をバカにしたわね。クビよ、クビ。お前はメイド長にクビにしてもらうわ」
「そ、そんな……」
まだ若い女性は少女の非情な言葉にブルブルと全身を震わせスカートをギュッと握りしめた。
「とにかく、行くわよ。黙って付いてきて」
少女はキッと周りにいる大人たちを一瞥すると、スタスタと淑女らしからぬ歩幅で歩きだした。
「隊長……」
「仕方ない。おい、何名か応援を呼んで来い。あと、君は屋敷に戻り事情を執事長とメイド長に報告を」
「は、はい」
グスッと鼻を鳴らして女性は屋敷に戻る騎士と一緒に貴族街へと門を潜った。
「俺たちも行くぞ。お嬢様を見失うなよ」
隊長と呼ばれた壮年の騎士の声に「ハッ」と短く返事した騎士たちはバッと散らばっていく。
「……なんだか、嫌な予感がする」
壮年の騎士はブルッと体を震わせると、小さくなった少女の背中を追い走る。
ドシンと上から落下した俺は、仲間の体に押しつぶされないようゴロゴロと転がりその場を離れた。
「ここは……?」
最難関ダンジョンのボスモンスターを破り、宝箱と栄誉を手にした喜びも束の間、転移魔法陣で飛ばされたこの場所は、「ボスモンスタートラップ」の部屋、かもしれない。
下手をすればボス級モンスターとの連戦となる。
「イテッ」
「おいどけ」
「あ、スマン」
俺のいた場所に次々と仲間が落下してくる。
「アル、ここは?」
「ああ。どうやらボスモンスタートラップらしい。ビリビリするほどの何かをあっちから感じるぜ」
全身に気合を入れてないと、恐怖で逃げだしそうな覇気を、この奥から感じていた。
「……うわっ。ティーノ兄やティアゴ兄を思いだすよ」
リンが兄弟の名前を呼んで、「うえっ」と舌を出す。
俺もギル兄や父上と対峙したときの緊張感を思い出していた。
「いや、コイツよりもギル兄のほうが恐ろしい」
ブリリアント王国一の騎士……いや、ギル兄は世界で五本の指に入る猛者だ。
剣の柄を両手で握り直し、深く息を吸いゆっくりと吐く。
「いいか。コイツを倒さないとここからは出れない」
「たぶん、神様の祝福も無効扱いかも」
神官として修業をしたザカリーの絶望的な声。
神様の祝福とは、ダンジョン探索の必須魔道具で、一度だけダンジョンからの生還ができる代物だ。
これがあれば、たとえボスモンスターに敗北し瀕死の状態でも、傷を治癒しダンジョンの外に転移することができる。
しかし、こういうイレギュラーな場所では、あらゆる付与魔術や魔道具が無効となる場合が多い。
「……いくぞ」
それでも、コイツに勝たないと家には帰れない。