最難関ダンジョン 3
兄様とアリスター、白銀たちと一緒にお仕事中のお父様に、風の精霊さんを探しに行きたいとお願いしたら、父様が拗ねてしまった。
「セバス、ここ。ここなの」
「はいレン様。とりあえずお座りください。お茶の用意をしてまいります」
頼りになるセバスにここに行きたいと地図を見せて訴えたけど、まずは落ち着いて話しましょうって。
んしょんしょとソファーによじ登って……ぼくじゃないよ? 真紅たちだよ。
「セバス、菓子もな!」
「俺様の分もな」
白銀と真紅は、父様に会いにきた目的を忘れちゃってるかもしれない。
「ヒュー。その……、団長様はいいのか?」
アリスターが恐る恐る地に伏している父様を指差すけど、兄様は華麗にスルーした。
「かまわない。そのうち正気に戻るから僕たちも座っていよう」
兄様はぼくをソファーに座らせると、紫紺をぼくの膝に乗せた。
紫紺の口には、セバスから預かったぬいぐるみの翡翠がジタバタしている。
「くっ、離して、紫紺。あの魔王から逃げるチャンスなんだ!」
「……ガウッ」
「ぐわあああっ。噛んだところから神気を流さないでよ! すっごい痛いんだけど?」
紫紺と翡翠も仲良しでいいことです。
「にいたま、なかよし!」
「そうだね。僕とレンも仲良しだもんね」
「ねー」
兄様と顔を合わせてニッコリと笑っていると、床から父様がくぐもった声で恨めしく訴える。
「父様のことなんて……誰も心配してくれないんだ……」
父様、父様。
そこにずっと寝そべっていると危ないよ?
「ぐえっ!」
「邪魔ですよ、旦那様。つい足元が見えにくくて踏んでしまうではありませんか」
「セバス! お前、踏んでる。踏んでる。自分の主の背中を思いっきり踏んでるぞ!」
ほら、セバスのお仕事の邪魔になってるよ?
「よりにもよって、最難関ダンジョンに行きたいなんて」
冒険者ギルドが認める最難関ダンジョンは、ぼくたちが住むブリリアント王国ではなく、ちょっと離れた島国にある。
『ラルタル島』の岬、山のように大きな一枚岩がデデーンとあるんだ。
西側は緩やかな傾斜だけど、反対側は険しい崖になっていて、その崖の側面に四つの洞窟があって、その洞窟こそが最難関ダンジョン『ムーアダンジョン』の入り口なんだよ。
「父様。今回は僕たちもどうしても行きたいとは言いません。さすがに最難関ダンジョンにチャレンジして帰ってくる実力があるとまでは、僕もアリスターも思い上がってはいないので」
兄様がてへへとかわいく照れ笑いをして、カップを優雅に口元へ運ぶ。
アリスターは兄様の後ろに立って控えていて、主である兄様の言葉に頷いている。
「え? ぼく、いきたい」
最難関ダンジョンだなんて、ワクワクするよね!
「危ないですよ、レン様。あのダンジョンは本当に危険なんです。まず四つの洞窟の入り口で既に挑戦者の選別が始まっています」
セバスはうむむと眉間にシワを寄せて教えてくれた。
四つの洞窟のどこから入ってもダンジョンには繋がっているけど、どの入り口から入るかで、ダンジョンの仕様が変わるらしい。
強くて人徳もあって最難関ダンジョンに挑戦するのに相応しい冒険者パーティーには、それに見合った魔獣とボス、ドロップアイテムや宝箱が用意される。
ちょっと実力不足だと、出没する魔獣のレベルは下がるし宝箱の中味もショボくなる。
さらに実力があっても性格が悪かったりすると、必ずヒドイ目にあって損をする。
もちろん、実力不足と性格悪い人たちはダンジョンを踏破することはできない。
最期に、人として悪い人。
悪事を働いてきた人は、それはもうヒドイ目に合って……、んゆ? セバスが言いにくそうに口をモニュモニュさせてるぞ。
「ああ、いい。いい、わかったよ、セバス。悪い奴らは二度と明るい世界には戻れないってことだね」
「はい、ヒュー様。そのとおりです」
セバスが兄様に向けて、キレイにお辞儀する。
ぼくは兄様にクルリと体を向けて尋ねてみます。
「にいたま、ぼくは、どれぐらい?」
さすがに実力と人格が相応しい冒険者じゃないと思うけど、ちょっと実力不足ぐらい?
「へ? あ、ああ、うん。レンはその……。父様! レンの実力はどれぐらいですかね?」
「ぶーっ! ヒ、ヒュー。お前ズルいぞ!」
兄様に聞いたのに、兄様が父様に聞くから、父様がビックリして飲んでたお茶を噴き出しちゃったよ。
汚いとセバスに怒られている父様に、ぼくはもう一度尋ねます。
「ねえ、とうたま。ぼく、つよい?」
ハアハアと上がる呼吸が、自分の息なのか味方の息なのかわからない。
倒した……ボスモンスターを。
前衛で戦った俺とミックは体力を削られ、座り込んだまま動けない。
最下層のボスを倒したから、このボス部屋はセーフティーゾーンとなり、どこかに地上へとでる脱出魔法陣が現れるはずだ。
「あー、ちくしょう! やったぞー! 勝ったー! ギル兄に自慢してやるぅぅぅぅっ」
俺はバタリと仰向けに倒れて腕を上げた。
末っ子でいつも兄のギルバートには勝てなくて、Aランクパーティーになっても頼りにしてもらえなくて、ちょっとへこんでいたけど。
最難関ダンジョン踏破したなら、少しは認めてくれるかな?
「おーい、アル。宝箱からお宝でたぞーっ」
宝箱の罠を解除していたザカリーが嬉しそうに声を張り上げた。
すまん、俺とミックはまだ動けない。
「アル。魔法陣が現れたが……なんかこれ、おかしいぞ?」
宝箱の反対側でリンがなにやら首を捻っているのが見えたが、すまん、まだ動けないんだよ。