笛の音を追って 4
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アリスターは、咄嗟にぼくを背中に隠すように立つ、隣で兄様が剣を構えた。
「おいおい、お前、俺たちを裏切るつもりか?」
ニヤニヤといやらしく笑ったおじさんが、剣の背を自分の肩にピタピタと当てて、こちらにゆっくり近づいてくる。
「くそっ」
アリスターが、ギリリと唇を噛んだ。
あの……道化師の格好をした人が持っている笛。
あれが、ずっと聞こえていた笛の音?
なんだか、黒い靄が纏わりついてて気持ち悪いなぁ。
その隣に立つ女の子は、アーススターの街から連れられてきた子供たち同様に、虚ろな目をしている。
口が微かに動いてるのは、まだ歌っているのかな?
たぶん、ぼくに聞こえていた女の子の歌声は、あの子の声だと思う。
あの子は……アリスターが話してくれた妹さんかな?
同じ赤い髪に三角耳と尻尾だし……。
ぼくはちょいちょいとアリスターのズボンを引っ張って、女の子を指差して、
「あのこは、アリスターの、いもうと?」
「!…………ああ、そうだ」
アリスターの表情が痛そうに歪む。
兄様もぼくたちの話を聞いて、アリスターへ「どういうことだ?」と問いかける。
「この街に来る前に、こいつらに襲われたんだ。冒険者の父さんと母さん、護衛していた商隊は全滅した。……あいつら、妹を拐おうとしていて、俺は助けようと……」
俯いて両手の拳をぎゅっと握りこむアリスター。
「……あんな奴らの仲間になるのを条件に、妹を助けたつもりか?」
「にいたま……」
優しい兄様にしては、冷たい言葉にぼくはびっくりした。
「妹があの状態で無事だと思ってるなら、お前、バカだろ」
「なにぃっ!」
「精神に負担のかかる術は、かかっている時間が長ければ長いほど、解呪に時間がかかり……最悪、廃人だ…………」
ぼくは女の子を、もう一度見てみる。
確かに、目は虚ろだし、ずっと歌を口遊んでいるし、なによりもあの怪しい道化師の隣に、平然と立っているのもおかしいよね?
「じゃあ……どうすれば、よかったんだよっ!」
「知るか、自分で考えろ。お前が兄だろう?」
兄様はぎゅっと剣を握りこみ、視線を真っ直ぐ人相の悪いおじさんに向けた。
「レンは後ろに下がってて」
コクリと頷き、そろそろと後ろ足に下がる。
たぶん、見えないけど紫紺が傍にいるはずだから、兄様は大丈夫だと思うけど……アリスターはどうしよう?
ぼくは、後ろに下がりながら道化師の人を見る。
おじさんたちは兄様たちの方へ近づいてくるから、道化師の人と女の子の周りには誰もいない。
これって女の子を道化師の人から離して逃げれば、アリスターも自由になれるんじゃないのかな?
それは、すごいいい考えに思えた。
思えたら、すぐに実行するよね!
暗闇を利用して、じりじりと回りこむように道化師の人が背にしている大きな木の後ろに行こう!
さて、剣の稽古はできるようになったけど、レンのアドバイスだと、まだハードな練習はしないようにとのことだから、型の練習ぐらいしかできなかった。
それなのに、実戦。
しかも人間相手。
相手の獲物も剣や槍、斧とバラバラだ。
レンにカッコいいところを見せたいけど、子供たちを安全に避難させないといけないし、隣の獣人は頼りにならなさそうだし。
「紫紺、いる?……僕は剣を持っている奴を相手にするから」
こそっと、暗闇に向かって呟くと、潜める笑い声と「それ以外は、まかせて」と。
ああ……、本当は全員紫紺に任せることもできるのに、僕がやりたい気持ちを汲んでくれたんだなぁ、ありがとう。
「僕たちは、こいつらを倒して捕まえる。お前は好きにしろ」
泣きそうに顔を歪めている獣人に、一応声をかけてから、僕は剣を下段から振り抜き、目の前のニヤついた男の利き手を切り飛ばす。
「ぐぅああああ!」
そのまま、男の腹を切り裂きながら、横を走り抜ける。
次の獲物に移るんだ。
四方八方に竜巻が起こり、他の悪人たちの顔や体が切り裂かれ、手に持っていた武器は遠くに飛ばされていく。
「ぎゃあああっ」
「た、助けてくれーっ!」
「ひいーっ!魔獣が出たー!」
逃げ惑う男たちに、弾むように飛び掛かり爪で攻撃している紫紺は、不機嫌そうに「魔獣と一緒にしないで!」とプリプリしていた。
子供たちは虚ろな目は変わらないが、ピタッとその場に止まって動かないでいる。
剣を振り回しながら、レンの姿を探すが見当たらない。
「レン?」
どこに行ったの?
攻撃を受けて動けなくなった男を時々踏みつけ、右、左と視線を飛ばすが、レンの愛らしい姿が見つけられない。
そのとき、子供の高い悲鳴が聞こえる!
大きな木の後ろに回り込めて、ひと息つきます。
ふうーっ。
あとは、女の子の手を取って、兄様か紫紺のところに逃げればいいだけ。
そうすれば、アリスターはこの人たちの仲間から逃げられる。
妹とふたりで、悪いことしないで過ごせるもんね。
ひょこ。
木の陰から道化師の人の様子を窺う。
なんか……さっきからちっとも動かないんだよね、この人。
白塗りの顔に真っ赤な唇。
目の周りもメイクしていて表情が分からない。
今も、兄様と紫紺にボコボコにされている仲間を助けるでもなく、ぼーっと立っているだけ。
この人も無理矢理、仲間にされているの?
でも、手に持っている笛からは、黒い靄がどんどん湧いて出てくるし、その靄がこの人の胸に吸い込まれいくんだけど……。
チラッ。
なんか、兄様と紫紺で男の人たちは捕まえられそう。
兄様が凄く強いの!びっくりしちゃった!足もちゃんと動いてるよ。
……兄様ったら足に付けた重りを外していなかった。
それなのに、大人の人と互角以上にやり合うって……。
ま、いいか。
兄様がカッコいい!てことで。
ふふふ。
さあ、ぼくも女の子を助けるぞ!
木の後ろから勢いよく飛び出して、女の子の手首を掴む。
そのまま、兄様たちのところへ走りだす。
「こっちだよ!アリスターが待ってる!」
ガシッ!
ぼくの頭が大きい掌で強く掴まれる。
「待て……。お前たちはこっちだ」
ぼくが、振り向くと道化師の人がニヤーッと笑っていた。
赤く塗られた唇が気持ち悪く歪んでいる。
「ひっ」
いやいやと頭を振って掴まれていた手を外すと、女の子をアリスターへと突き飛ばす。
ぼくは、道化師の人に体当たりして、女の子から離そうとした。
「逃げてーっ!」
「このっ!」
道化師の人がぼくの体を腕で横に払い、ぼくはその場に尻もちをついてしまう。
そして、目の前に血走った道化師の眼と、右手に握られた……ナイフ。
ああ……、やめてやめて、ナイフは……怖い……。
「あ…ああ……。あああああああ!!」
ごめんなさい。ご…めん……なさ……い。
ぼくは体を丸めてずっと「ごめんなさい」を呟いていた。
もう会うことはない、…………ママに向かって。