忘れた探しもの 4
セバスに頼まれて、瑠璃をここブルーベル辺境騎士団の団長執務室に呼ぶことになりました。
呼ぶのは簡単!
ぼくが首から下げているペンダントトップの鱗を握り、瑠璃の名前を呼べばいいのだ。
「レン。桜花の鱗が重なっているよ」
ぼくの手元を覗き込んでいた兄様に指摘されて確認すると、瑠璃の大きな青い鱗の下に桜花のピンク色の鱗が重なっていた。
いけない、いけない。
「いまは、るりだけ」
改めて瑠璃の鱗を手に持って、頭の中で瑠璃の姿を思い浮かべて、いざ召喚!
「るーりー!」
ぼくが大声でその名前を呼ぶと、ボワンと白煙が立ち上って視界が覆われる。
そして、瞬きするとそこには、人化した聖獣リヴァイアサンの瑠璃が穏やかな微笑みを口元に浮かべてスラリと立っているのだ。
「るりー」
ぼくはトテトテと走り寄りポフンとその足に抱き着いた。
「ふふふ。レンよ。元気だったか?」
二、三日毎ぐらいに夢の中で会っているのに、瑠璃が「元気か?」って尋ねるのは、夢の中でこっそりと会っているのを白銀たちに内緒にしているからだよね?
だから、ぼくもクスクスと笑いながら「元気だよ」と返事をします。
なんで瑠璃に来てもらったのか説明しようとしたぼくの背中を優しく兄様のほうへ押しやって、瑠璃は机の上にいる琥珀へと顔を向けた。
「また珍妙な……」
「やあ、リヴァイアサン……えっと、瑠璃だっけ? ボクはこの土人形を依り代にして、しばらくここで暇つぶしをしようと思っているんだ」
いいでしょ? と瑠璃に挑発してみせる琥珀だが、瑠璃は眉間に深いシワを刻んで息を大きく吐いた。
「……いいわけないだろう。生まれてから今まで大人しくしていたと思えば。神獣たちは我らに面倒をかける奴しかおらんのか……」
瑠璃が苦悶の表情で漏らした本音は、別の神獣たちの反抗を招いた。
「なんだと、爺! 俺のどこが面倒をかけたつーんだ!」
「俺様だって、立派な神獣様だ! そこのぼんやりドラゴンと一緒にすんな!」
ボワンと一瞬で人化した真紅が瑠璃に文句を言う。
「本当のことじゃない。アタシたち聖獣はアンタたちの尻ぬぐいのために創られたのかも?」
紫紺がそっぽを向いて、尻尾をビタンと床に叩きつけた。
「んゆ?」
あれれれ? いつもは瑠璃が来るとみんなわいわいと賑やかにお菓子を食べたりするのに、今日はなんだか喧嘩してるみたい?
「めー! けんかはめーなのっ!」
ぼくは瑠璃と白銀の間に体をねじ込み、両手を広げて喧嘩を止めます。
「レン! ち、違うぞ? 俺と爺は喧嘩なんてしてないぞ?」
白銀が焦ったのかグルグルとその場を回りだしました。
「そうじゃぞ、レン。ちぃと愚痴が出たが、悪いのは白銀たち神獣たちではない。あの方だ」
瑠璃がウンウンと頷きながら、ぼくの頭を軽くポンポンと叩く。
……あの方ってシエル様?
白銀たちはみんな「あー」って顔で納得している。
みんなでそんなこと思っていると、シエル様は今ごろくしゃみしているかもしれないぞ?
改めてスーパー執事のセバスが瑠璃に事情を説明して、琥珀の分身の土人形を手渡していた。
琥珀は嫌そうにもぞもぞと動いていたけど、瑠璃が低い声で「レンの迷惑になるなら、本体丸ごと結界で閉じこめるぞ」と脅したら静かになった。
これで、琥珀は瑠璃の指導の元、常識? を身に着けるまでお別れだ。
「じゃあね、こはく」
「うううっ、ひどいよ、レン」
んゆ? ひどいと言われても、ぼくもマナーは勉強してるもん。
「こりゃ、レンに当たるでない。それでは、見事立派な神獣として育ててみよう。ではな!」
見たことのないクールな笑顔で瑠璃は琥珀の首を掴んでボワンと消えていった。
「……立派な神獣なら、依り代を使ってまでここに滞在しようなんて目論むことはないと思うわ」
紫紺が呆れた声で呟いていたけど、ぼくは琥珀が立派になって戻ってくるのを楽しみに待っています。
「瑠璃が風の精霊との契約者を探してくれるのは助かったよ」
兄様が胸に手を当ててホッと息を吐き出しました。
「ああ。光の上級精霊が目撃された場所のリストも送ってくださると。本当に瑠璃様は頼りになるぜ」
アリスターもディディを高い高いして、かなりご機嫌だ。
瑠璃の協力でダイアナさんに頼まれていたことが解決できればいいんだけど。
あと、琥珀のことで精神に大きなダメージを負ってしまった父様が早く立ち直ってほしいな。
でも、瑠璃の教育が終わったら、琥珀はまたここへ戻ってくるからね。
「とうたま、がんばれ!」
ぼくは両手をぐっと握って、父様を応援することにします。
「へ? あ、ありがとう」
父様はポカンとした顔でお礼を言ってくれました。
後ろでセバスがピキリとこめかみに青筋を立てていたけど、ぼくは危険を察知した兄様にひょいと抱っこされて執務室を無事に脱出しました。
バタンと閉じられた扉の向こうで、セバスが父様をお説教する声が聞こえてきたよ。
「わー、たいへん」
「しょうがないよ。あれが父様の仕事だ」
「団長の仕事が執事からの説教だなんて聞いたことないけどな」
兄様とアリスターが軽口をたたきながら階段を駆け下りていく。
「アンタたちも、もう一度セバスに教育してもらったら?」
「なんて恐ろしいことを言うんだ、紫紺!」
「俺様はあいつにだけは逆らわねぇ」
ダダダッと紫紺と白銀、人化したまま白銀の背中に乗る真紅がぼくたちを追いかけてきた。