忘れた探しもの 3
朝ご飯の前にブルーベル辺境騎士団の団長執務室で、重厚な椅子に座る父様の机の前で一列に並んでいます。
真ん中にぼく、左右に白銀と紫紺。
人化した真紅が頬を膨らまして紫紺の隣に立っている。
ぼくの後ろには、心配げな顔の兄様と呆れた顔のアリスターとディディ。
そして、父様の机の真ん中にご機嫌な様子の琥珀です。
「はあーっ。つまり、あの木が魔法の攻撃を受けて倒れたのは、琥珀様の仕業なのですね?」
疲れた顔で魂を吐き出すような息を吐いた父様が尋ねると、琥珀は満面の笑みで答えた。
「うん! あ、とうたまもボクのことは琥珀と呼んでね。これから長い付き合いになるんだし」
琥珀の要求に父様は青い顔で「ハハハ」と乾いた笑いを漏らす。
「ギル、しっかりしろ」
「……だって、白銀と紫紺だけでも過剰戦力なんだぞ? それに真紅が加わって、まあ……翡翠はいいとしても、神獣エンシェントドラゴンの分身なんて大問題だろう? ちょっと腕試しの魔法で大木が真っ二つだぞ?」
父様は、琥珀に直接言えない苦情をセバスにぶつけるけど。セバスは軽くいなしてしまう。
「今さらだろう」
「……っ!」
そう、ぼくたちは騎士団の訓練場で無断で攻撃魔法を使って木を倒しちゃったから、お叱りを受けるためにここに立っているんだ。
「とうたま、ごめんなちゃい」
ぼくはペコリと頭を下げて謝る。
んゆ? 最近のぼくは謝ってばかりの気がする。
悪い子になってしまったのかと、ちょっと焦る。
「ん? 謝るのか? そうか……とうたま、ごめんなさい」
机の上の琥珀もペコリと頭を下げた。
「はあーっ。もう木はいいです。むやみやたらと魔法は使わんでください。そして……俺のことをとうたまと呼ぶのはやめてください」
父様が両手で顔を覆って泣き出してしまった。
おろおろするぼくの肩を後ろから兄様がポンポンと叩く。
「大丈夫だよ。父様はブリリアント王国で一番強い騎士なんだから」
兄様……琥珀のやらかしに父様の強さは関係ないと思う……けど、父様は兄様の思いもよらない突然の賛辞に機嫌よさそうにニコニコしだした。
「んゆ?」
しかし、このなんとなく万事解決の空気にセバスの鋭いダメ出しが飛ぶ。
「つまり、琥珀様はその姿で当家に滞在するということですか?」
「うん! よろしく頼むよ」
「……それでは少々教育が必要かと?」
「教育?」
琥珀の体が斜めに傾ぐのに合わせてぼくの首もこてんと傾いだ。
教育ってなに?
「コホン。世情に明るい紫紺様は問題がありませんでしたが、白銀様や真紅様はこちらのことでわからないことも多く、私が懇切丁寧にお教えしました」
セバスはそう言うと丁寧にお辞儀した。
「白銀?」
琥珀は、クリンと上半身だけ捩じって白銀に目で確認する。
「ああ。思い出したくもないが、キチンと教えてもらったぜ」
「……俺様も思い出したくない。この執事はこの世で最も逆らってはいけない奴だ」
真紅? 神獣聖獣たちが逆らえないのは創造神のシエル様じゃないのかな?
「よくわからないけど、その教育はボクに必要かな?」
琥珀は白銀と真紅の態度に嫌な予感に襲われたのか、セバスからの提案をやんわりと断ろうとする。
その途端、キーンッと執務室の空気が凍った。
「ん? んゆ?」
なに? なにごと。
「ヒュー。ヤバいぞ。セバスさんがキレるぞ」
「ギャ……ギャゥ」
ディディの怯えた悲しげな声に、セバスの教育をディディも受けていたんだなと察した。
ゴクリと緊張するぼくたちの前で、セバスは優しく微笑むとゆっくり背中に回していた左手をズズイッと琥珀の前に突き出した。
そこには、首の辺りをギュッと握りしめられたぬいぐるみの翡翠がいる。
「……や、やあ」
果敢にも片足をあげて琥珀に挨拶する翡翠に、紫紺たちはそっと目を逸らす。
「聖獣ユニコーン? 脆弱な人族相手に何をしているの?」
キョトンと翡翠の悲惨な姿を見て、何気にディスる琥珀に向かい、翡翠は号泣しながら叫んだ。
「何言っているの? こいつはただの人族なんかじゃないんだよ? 長い聖獣生でもこんなに恐ろしい者と出会ったことなんかないんだからね! 悪いことは言わないから大人しくこの人の言うことを聞くんだ。そうじゃなければ五体満足で明日のお日様は拝めない……ギャッ」
「喋りすぎでうるさいです」
セバスの手でキュウと首を絞められて、翡翠はジタバタ暴れたあとグッタリと大人しくなった。
ひいぃぃぃっと白銀と真紅が声にならない悲鳴を上げている。
もう、みんな失礼だよ。
「セバス。やさしい、ゆうしゅうなしつじさん」
美味しいお茶やお菓子、キレイなお洋服、整えられた部屋、父様のフォロー、そしてリカちゃんを寝かしつけることもできるスーパー執事さんなんだから。
「ありがとうございます、レン様。ま、さすがにこの世界で一番の神獣エンシェントドラゴン様には私では荷が重すぎるでしょう。では、適切な方にお願いするとしましょうか。とにかく常識と良識を身に着けてから、またこの屋敷までおいでください」
セバスは琥珀の前から翡翠をどかすと、胸に手を当て恭しく礼をした。
「レン様。申し訳ありませんが、聖獣リヴァイアサン瑠璃様を呼び出してもらえますか?」
んゆ? 瑠璃を?
いいけど、セバスはどうするつもりなのかな?