忘れた探しもの 2
どうしよう……。
寒い寒い氷雪山脈からの大冒険を終えて、ちゃんと精霊楽器も持ち帰ってきて、失敗もあったけど白銀は昔の仲良しさんと再会できて、大成功でほくほくの気持ちで兄様と一緒にお屋敷のベッドに眠りにつき。
朝起きたら、ぼくのお腹の上で土人形の琥珀がムフフフと笑いながら胸を張って仁王立ちしていました。
「んゆ? ……こはく、おあよ」
寝起きで上手に喋れません。
むくりとぼくが上半身を起こしたので、隣で寝ていた兄様も目を覚ましてしまいました。
「うん? レン、まだ朝早いよ……」
兄様も寝ぼけてます。
むにゃむにゃと口の中で呟いてポスンと枕に頭を乗せ再び夢の中へ。
「にいたま、にいたま、おっきして。なんか……こはくがへん」
白銀もヘソ天でガーガー鼾をかいて熟睡しているし、紫紺は揃えた前足の上に頭を乗せて動かない。
これはあれだね、猫ちゃんがする「ごめん寝」のポーズだよね。
真紅もスピスピ眠っているし、メグとリリもお部屋に入ってこない。
「こはく、まだあさ、はやいよ」
まだ、夜が明けてすぐの時間でしょ?
「ぅぅん。え? 土人形が動いている!」
ガバッと兄様が勢いよく起き上がったけど、琥珀の意識が入るとこの土人形は器用にも動くのです。
もう、何度も動いてるのを見ているのに、兄様ったら変なの。
「ち、違うよ。よく見てごらん。なんだか、この土人形……本物っぽくない?」
兄様に言われてじーっとじっくり観察して、気が付きました。
「ぼく、いろ、ぬってない」
だってね、そこら辺の土をこねこねして作った琥珀の人形だからね?
こんな金色っぽい色なんて塗ってないよ? 絵具もなかったし。
「なんだか、琥珀がそのまま小さくなったみたいじゃないか?」
兄様まで琥珀の体に顔を寄せて、ジロジロと眺めまわす。
「うん! ボクの依り代は、よりボクに近いモノになったんだよ!」
そ、それはいったい、どういうことなんでしょう?
「神様にお願いして、ボクの神気が強く使えるようにしてもらったの。ほら、あの洞穴でレンの側にずっといられなかったでしょう?」
あの洞穴とは、氷雪山脈の森、双子山の麓にあった洞穴で、中に入ると精霊楽器が祀られていた祠があった場所。
そういえば、途中まで琥珀と一緒だったのに、しばらくしたら動かなくなっていた。
「短い時間しかこの依り代の中にいられなかったんだ。でも今は大丈夫! ずっといられるし魔法だってバンバン使えるよーっ」
バンザーイと琥珀が両手を上げるから、ぼくも倣ってバンザーイと手を上げる。
よくわからないけど、琥珀が楽しそうならいいかなって。
琥珀のおかげで朝早く起きれたので、今日は兄様と一緒に剣のお稽古に参加です。
わーい、いつも置いてけぼりだから、嬉しいな。
ブンブンとマイじいに作ってもらった小さな木剣を振り回す。
「おっと」
「あら、あぶない」
ぼくの素早い剣先を白銀と紫紺はヒョイヒョイと軽やかに避けていく。
むぐぐぐ。
「やー! たー!」
これでもかと足をちたぱた動かして、右手に持った木剣を上から横からと繰り出す。
「それー!」
「ざーんねん」
パシンと白銀の尻尾で振り払われた木剣にバランスが崩れて、ぼくは尻もちをついてしまう。
「アイタ!」
どしんとお尻に衝撃が伝わると、そんなつもりはなくても目がじんわりと熱くなる。
「うわわわ。レン、ごめん。痛かったか?」
「むうっ。だいじょーぶ、だもん」
ぐしっと服の袖で目を擦ると、紫紺が慌てて近づいてきてペロリと頬を舐める。
「だめよ、擦っちゃ。赤くなっちゃうでしょ?」
「あい」
素直にこくりと頷くと、どこからか情けない叫び声が聞こえてくる。
「わー、ばかーっ。ちょっとこいつ、なんとかしてくれーっ!」
人化した真紅がグルグルとぼくたちの周りを駆け回っている。
んゆ? 追いかけっこかな?
しかし、よく真紅の周りを見てみると、足元にちょこまかと動く何かが見える……気がする?
「んゆ? ネズミさん?」
真紅たちの走るスピードが速くてよく見えないな。
「いや、ありゃ琥珀人形だろう」
「気のせいかしら? あの人形、本体と能力が変わらないような? まさかね? だってレンが作った土人形でしょう! なんで神獣エンシェントドラゴンの力の片鱗が感じられるのよっ!」
「ぐえっ! 俺に文句を言うなっ。どうせ、あの方が何かしたんだろうよっ」
バシバシと尻尾と前足で紫紺に叩かれていた白銀は、両前足で頭を庇いながら声を上げる。
「シエルさま、おねがいしたって」
朝、琥珀がそう嬉しそうに伝えてきたなーと漏らせば、白銀と紫紺の口がパッカーンと開いて間抜けな顔になる。
んゆ? どうしたの?
「ま、まさか、あの状態で魔法が使えるとか……」
紫紺が恐る恐る口にすると、それが聞こえたのか琥珀がキキーッと急停止した。
「うん! 見たい? 見てみたい? しょうがないなー。そりゃ」
琥珀の軽い掛け声とともに、その小さな体から放たれた何かは「バリバリーン」とけたたましい音を立てて、騎士団の敷地の大きな木を真っ二つにして倒した。
ズズズシーン、と地響きがぼくたちを襲う。
「わわわわ」
ちっこいのにものすごい力を発揮した琥珀は自慢げに仁王立ちしているが、遠くのほうで父様の大きな声がこちらへと迫ってくる。
「なんだー? なにが起きたー? 敵襲かーっ!」
あ、たいへんなことになりそう。