祠と氷像 8
古びた祭壇の上に立てかけられるようにして鎮座している楽器。
――精霊楽器。
それは、この地の守り神、人狼族の主、神獣フェンリル様に捧げた供物。
「あ? いらね」
白銀は尻尾をひと振りして、つまらなそうに言い放つ。
「いらない」と言われてしまったアランさんは、ガビーンとショックを受けて目が白目になってしまった。
ちなみに、アランさんは白銀とお揃いとばかりに黒くて大きな狼の姿に変化している。
「あれ、本当に楽器なのかしら?」
紫紺は祭壇の下から仰ぎ見て首を傾げているが、たぶん楽器だよ。
「楽器……でしょうね。ほら、ヒュー見てみろよ。弦が張ってある」
「あ、本当だ。じゃあ弦を弾いて音を出すのかな?」
二人とも楽器を演奏することがないから、琵琶を見てもピンとこないのかな?
兄様はともかく、火の中級精霊であるディディと契約しているアリスターは、楽器を演奏しなきゃいけないと思うんだけど?
「俺は楽器はなぁ……。リズム感はあると思うから、レンが鳴らしていた小さな太鼓でも担当しようかな?」
アリスターが言っている小さな太鼓ってでんでん太鼓のこと?
ぼくは、アリスターが手にでんでん太鼓を持って楽しげにステップを踏む姿を想像して、クスクスと笑いを零した。
そんなほのぼのとしたやりとりを交わしていると、アランさんの正気が戻ったみたいだった。
「そ、そんな、白銀様。あれは珍しいものですぞ! ある日どこからか飛んできてこの洞穴に突き刺さったのです!」
誇らしげに胸を張るアランさんに、ぼくたち一同はドン引きした。
飛んできて洞穴に突き刺さる楽器なんて、異常事態でしょう?
むしろ、神々しいというより、禍々しい何かを感じる。
「……呪われてるんじゃねぇの?」
ピヨッと小鳥が傾げるみたいに首を横に倒して真紅が問題発言を発した。
「うおおおいっ! 俺に呪われたモンを捧げるんじゃねぇーっ!」
「いえいえいえいえ、呪われてません! 呪われてませんってば!」
白銀ががぉんと後ろ足で立ち上がると、アランさんも首を横に振りながら後ろ足で立ち上がる。
器用だなぁ。
「さわれば、わかる」
ぼくは、はいっと両手を出した。
さあさあ、ぼくに触らせてみてよ。
きっと、また精霊楽器が変化してくれる。
ニコニコとしたぼくを、兄様を始めみんながギョッとした顔で見る。
「レ、レン。あの楽器は紫紺の収納魔法で運んでもらって、ダイアナに渡したほうがいいかなって」
兄様が優しく微笑みぼくに提案するけど、兄様の口元がヒクヒクッて引きつってます。
「あー、そうだな。壊れてもあれだし。慎重に丁寧に扱おうぜ」
アリスターもぼくの顔を見ないようにあっちの方向へ視線を向けて、アドバイスしてくる。
むー。
「なんだ、お主たち。坊主が触りたいと申しているではないか。ま、通常であれば絶対に許さないが、坊主は白銀様の契約者。いいぞ、触って。ほら」
アランさんは、そう言うとフリフリと尻尾を振る。
そのフリフリした尻尾に誘われるように祭壇の上の楽器がフヨフヨと浮かんできて、ポスンとぼくの手の上に……。
「おもっ!」
ぼくだけじゃ持ち上がらないよーっ。
ぼくごと地面に落ちちゃう手前で、ボワンと楽器が白い煙に包まれた。
楽器の重さに頭から倒れこんだぼくは、そのままぺしゃりと座り込んでしまった。
手には精霊楽器……ぼくでも持てるサイズ感に変化した精霊楽器が握られていた。
「アラン……」
「どうか息災で。また思い出したら、ここに。いつまでもこの地を守り待っています」
無事に精霊楽器を手に入れたぼくたちだけど、白銀はアランさんと二人で別れを惜しんでいた。
紫紺に教えてもらったけど、白銀は昔、ずっとずっと昔、ぼくが生まれるよりもずーっと昔、この地で人狼族の人たちと一緒に過ごしていたんだって。
創造神シエル様に命令された守護地がここ氷雪山脈だったらしい。
白銀が一人でこの地に降り立ち寂しかったときに出会ったのが助けを求めていたアランさん。
そこから二人は仲良くなって、白銀は人狼族を守っていくことにした。
でもね、ほら神獣聖獣を巻き込んだ大きな争いがあったでしょ?
そのときにアランさんはお亡くなりになってしまった。
なんか、ハッキリとは教えてくれなかったけど、白銀と出会ってから三百年ぐらい経っていたから老衰だったのかな?
白銀も暴れすぎてシエル様に叱られて神界へ連れて行かれたし、許されて下界に降りたときもこの氷雪山脈には足を向けなかったらしい。
懐かしいと悲しい気持ちになるからだって。
……そうだよね? 白銀たちは長い時を生きるから、知る人がいない懐かしい地はちょっと寂しいよね。
でも、精霊楽器と風の精霊と契約できる人を探しにやってきたら、あらびっくり! 死んだアランさんが土地神? 精霊? としてこの地に存在していた。
どうも、アランさんを偲ぶ人たちがその姿を像に残し、その像に白銀を慕うアランさんの魂が入り込み、長い時を経て精霊化? 神格化したらしい。
昔に交わした白銀との契約はなくなってしまったけど、二人の間には切れない絆が確かにある。
アランさんとの別れに鼻をフグフグさせて、瞳がウルウルしている白銀だけど、最後は二人体をこすりつけ合うようにして別れを惜しんでいた。
「じゃあ、帰ろうか?」
ここからバビューンと父様たちのところまで転移してもいいけど、村に戻らないと心配させちゃうよね。
では、冒険者ギルドの支部がある村まで戻ろう!