狼獣人の矜持 1
白い狼獣人さんに先導されて、狼獣人さんたち狩人の集落に足を踏み入れました!
ぼくは兄様の抱っこなので、正確には踏んでないけど。
「わあっ!」
集落は木造の家がぽつぽつと建っていて、集落の真ん中は広場で小さな子たちが楽しそうに駆け回っている。
その広場の隅に山羊が数頭いて、のんびりと餌箱から草を食べているよ。
本当ならそのまま草を食むんだろうけど、雪が積もっているからね。
「にいたま。メーメー」
「レン、山羊だよ」
山羊さんも「メーメー」と鳴くのでは?
そんな呑気な兄弟の掛け合いを邪魔する物々しい気配がこちらへと流れてきた。
途端に兄様の気配もピキリと厳しく凍てつく。
「……この集落の長です」
案内してきた狼獣人さんが、やっぱり白銀に頭を下げながら告げる。
ぼくたちは一言も発さずに、一歩ずつこちらへと歩いてくる集団を見つめた。
ただ一人、リス獣人のジョーさんだけがぴょこぴょこと跳ねて、自分の存在をアピール。
「おおーい、ジョーの行商人がやってきましたよー! 今回もお買い得の品がいっぱいですよー!」
うん、緊張感が崩壊するよね?
アリスターはガクッと膝をつきそうになるほど、緊張の糸が切れてしまったみたい。
「お前な……」
白銀が思わずジョーさんの頭をわし掴みにして、ギリギリと力を入れている。
「いたーい! 痛いですーっ。ギブギブ」
パチンパチンと白銀の腕をタップするけど、白銀はズズイとジョーさんに顔を寄せて凄む。
「いいか。こっちの話が終わるまで静かにしていろ」
コクコクと必死の形相で頷くジョーさん……かわいそう。
「しろがね?」
ぼくが声をかけるとパッとジョーさんの頭から手を放し、ニコニコっとぼくに満面の笑みを向ける白銀。
むー、いじめちゃダメだよ。
あと、ぼくが見ていないと思ってジョーさんをゲシゲシ蹴るのも禁止だよ、紫紺?
ザッと音を立ててぼくたちの前に現れたのは、この狩人の集落の長……長さん?
「おじいちゃん?」
こてんとぼくが首を傾げると、兄様もパチパチと瞬きをしたあとジョーさんへと視線を移す。
長さんにしては一番前に陣取る狼獣人さんは若く見える。
後ろに並んでいる狼獣人さんたちも、おじいさんには見えないし……みんな見事な白い毛だから、もしかして見えないだけでおじいさんなのかな?
ぼくが頭の中をハテナマークでいっぱいにしていたら、一番前に立つ怖い顔をした狼獣人さんがバッと片膝をついて頭を下げた。
「んゆ?」
あれれ? 喧嘩にならないのはいいことだけど、まだ何もしていないのに降伏しちゃうの?
この集落の狩人さんはこの森で一番強い狩人さんたちなんだよね?
「この集落を治めていますアダムと申します。白銀のお方にご挨拶申し上げます」
一番前の狼獣人さん、アダムさんと同様に後ろにいた狼獣人さんたちも片膝をついて頭を下げている。
うわーっと思ったら、ここまで案内してくれた狼獣人さんも片膝ついて頭を下げている。
そう、みんな白銀に向かって頭を下げているんだ。
「あら、アンタの知り合いだったの?」
からかうような紫紺の言葉に、白銀は狼狽えながら断言する。
「し、知らん!」
でも、この人たちだけじゃなくて、集落の人たちも家から出てきてこちらに膝をついて深々と頭を下げているけど?
「しろがね?」
「いや、本当に知らん! 俺は知らないぞ!」
白銀の絶叫が雪深い森に響きました。
……現実逃避している場合じゃないね。
「にいたま?」
「……白銀を利用すれば交渉がスムーズに進められるかな?」
うん、兄様はちっとも動揺していないし、むしろ通常運転でした。
さすが、兄様!
「いや、レン。だまされるな。ヒューどうするんだよ。これ絶対に面倒ごとに巻き込まれる前兆だぞ?」
心配性なアリスターは、白銀に向かって頭を下げる狼獣人さんたちをいやぁな顔をして眺めて、ブルブルと頭を横に振った。
「まあまあ、とりあえず暖かい家の中にでも案内してもらいましょうよ、ねえ、白銀?」
紫紺のお願いに白銀は若干腰を引けさせながら頷いた。
「そうだな。あー、お前ら。俺たちはここまでの移動で疲れている。どこかで休ませてくれ」
その白銀の言葉を命令と受け取ったのか、アダムさんをリーダーとする狼獣人さんたちが機敏に動きだした。
「ささ。こちらへ、どうぞ。暖かい茶と摘まめる物をご用意します」
キレイな狼獣人のお姉さんが白銀の両脇に陣取って連れて行こうとするんだけど、ぼくたちは?
「……し、しろがね?」
ぼくが子犬のようにキューンと切ない声を出せば、半ばパニックになっていた白銀が覚醒してくれた。
「おい、離れろ。俺だけじゃない! 連れもだ。いいか、俺の連れに何かしやがったらただじゃすまさないぞ。いいな!」
ガルルルッと怒鳴る白銀に、周りの狼獣人さんは大慌てでその場に平伏する。
ぼくたちに向かって放射状に人が頭を垂れているのは……なんともいえません。
ぼくは兄様の上着をギュッと掴んで、白銀に見ほれる狼獣人たちの中を恐る恐る移動した。