リスの案内人 3
氷雪山脈地帯に住む狩人専属の行商人、リス獣人ジョーの案内で僕らは森の奥深くまでやってくることができた。
雪と氷の森はまだまだ深く奥まで続いているが、人が住めるギリギリの環境がここまでらしい。
僕たちが泊った冒険者ギルドがある村からは約一日離れた場所と考えれば、まだ人里に近いとも言える。
そして、僕の目の前には白銀に蹴られた狼獣人が、自分の集落へと続く道を開くために防衛に設置された魔道具をいじっている。
彼はここまでジョーをこっそりと護衛していた狩人である。
……まあ、白銀と紫紺が一緒だったから、彼の護衛は無意味だったんだけどね。
白銀に蹴られたのは、いつまでも寒い場所にレンを置いておきたくないから早く道を開けろという意思表示を過激に行っただけらしい。
その白銀の思考には激しく同意するけど、最近、こういうパターンが多い気がする。
レンの教育に悪いかな?
でも、知らない人が木の上から落ちてきて……、うん、正確には白銀が蹴り落としたんだけど、それをさらに蹴っ飛ばしたのを目撃したレンが、ちゃんと悪い事だと白銀を叱っていたから、レンの情操教育に悪い影響はないかな?
変なことを真似して、レンが暴力的にならなければいいと思う。
「にいたま?」
「ううん、なんでもないよ。集落に入ったら絶対に僕から離れちゃだめだよ」
「あい」
にぱっと笑ったレンは僕の腕の中で身じろぐと、先頭を歩く狼獣人に目が釘付けになる。
氷雪山脈地帯の狩人の中でも最強を誇る狼獣人の集落……レンが興味を持つのも仕方ないけど、僕はちょっと面白くない。
しかも、この狼獣人は顔見知りの行商人のジョーに目礼したあと、紫紺をチラッと盗み見、白銀を、自分を木の上から落とし足蹴にした男をじっと見つめていた。
その視線には、白銀に対する怒りや怯えなどなく、純粋な……崇拝? みたいなものが含まれていたように思う。
狼獣人狩人の興味を引いたのはそこまでだった。
僕やアリスターの存在は気にもとめない路傍の石のような扱いだ。
悔しい。
けど、確かに狼獣人と僕たちの実力はかなりの差がある。
一対一、いや二対一で戦っても勝てないかもしれない。
悔しい。
同じ思いを抱えているアリスターと目を合わせて頷く。
もっともっと鍛錬して強くならないと!
別にレンが狼獣人のことを興味津々で見ているから、嫉妬しているわけじゃないよ?
雪に覆われた森の中で強い魔獣を狩って生活している強い人たちの集落にやってきました!
リス獣人のジョーさんの案内で迷わずにここまで来ることができました、ありがとうジョーさん。
ただ、狩人の集落へと続く道は魔道具で通せんぼされていて、この魔道具を解除しないと集落へ入ることはできない。
わわわ、どおしようと焦っていたら、白銀が身軽に木に駆け上り、ドサッと誰かを落としてついでにゲシッと蹴っていた。
うん、人に暴力を振るったらいけないんだよ? ちゃんと白銀に「ダメ」って言わなきゃ。
でも、この狼獣人さんはちょっと変な人みたい?
真っ白な髪の毛にピーンとした三角耳とふさふさ尻尾も真っ白で、身に着けている防具も革の上にわざわざ白い毛をつけているようだった。
なので、全身真っ白な狼さん!
さぞかしこの雪景色の中では同化して見えにくいだろう……。
いやいや全身真っ白なのが変なのではなくて、この狼獣人さんは白銀のことをとってもキラキラした目で見つめるの。
え? 蹴られていたよね?
紫紺にも視線を寄越したけど、「ふ~ん」みたいなカンジで、ぼくのことは目に入ってないみたい。
しかも、あの超絶貴公子オーラの兄様のこともスルーだし、真っ赤な狼獣人であるアリスターも無視。
真紅やディディは小さいから本当に見えてなかったかもしれないけど、凄腕狩人だから二人の気配はわかってたよね?
じっと狼獣人さん背中をガン見していたら、ぼくを抱っこする兄様の腕の力がギュッと強くなった。
「んゆ?」
コテンと首を傾げて兄様を見ると、困ったような笑顔でぼくを見ていたよ。
どうしたの?
「道が開かれました。どうぞ」
シュンと短い音が静かな空気に響いたあと、狼獣人さんが満面の笑顔を白銀だけに向けた。
「おおーっ!」
ぼくはパチパチと両手を叩く。
なんとなくぼやけていた景色がハッキリくっきりクリアになって、ここからでも狩人の集落がよく見える。
雪が積もった屋根から伸びた煙突からモクモクと白い煙が登っていく。
集落に住む人の喧騒も風に乗って聞こえてくるようだよ。
「にいたま、いこ」
「ヒュー、ここからは気を抜くなよ」
好奇心全開のぼくと違って、アリスターは顔が強張っていて緊張しているみたい。
アリスターに応える兄様も厳しい顔つきで頷いた。
「ああ。交渉が無事に終わるまで、いつでも攻撃できるようにしておこう」
わーっ、物騒です。
そ、そんなに喧嘩腰じゃないとダメですか?
白い狼さんと遊びたいなぁ……ってダメですか?
ぼくがウルウルとした目で兄様へ無言の懇願をしていると、勘違いした兄様はぼくをギュッと抱きしめた。
「大丈夫だよ、レン。レンには指一本だって触れさせやしないから」
「ああ。俺も絶対にヒューとレンを守るぞ」
「…………あい」
ぼくは複雑な思いでそっと視線を逸らすと、今から全力で戦う戦士のようにウォームアップする白銀と紫紺の姿が目に入った。
「んゆ?」
あれれ? ぼくたち狩人の集落に「精霊楽器」を探しにきたんだよね?