笛の音を追って 2
ぼくたちは今、夜の街を爆走しています。
兄様は剣の稽古着を着て、ちゃんと腰に剣を佩いてます。
ぼくは、まだ頭が重くて走りづらいので、紫紺の背中に乗ってます。
落ちないように、兄様が紫紺とぼくをシルクのリボンで結んでくれました。
チルとチロは、チルは留守番組で、チロは主である兄様の髪の毛に捕まって、落ちないようにしてるけど……チロは自分で飛んだら?あんなに早いんだから。
あれから……、「街の様子が変だね?じゃあ、寝ようか?」と寝直す訳にもいかず、どうしようと相談した結果、めちゃくちゃ白銀と紫紺に反対されたけど、呼ばれる方へ行ってみることにした。
勿論、ぼくだけで行くのは危ないから、兄様と紫紺が付き添いで、白銀とチルはお祖父様のお屋敷の人を起こして、父様たちをぼくたちのところまで連れてくる役。
兄様に昼間のアリスターの話をしたら、難しい顔でしばらく黙ったあとで、「仕組まれた悪事……かな?」と低っい怖ーい声で言うから、ぼくは思わず白銀に抱き着いてしまった。
「もうすぐ、アーススターの街だ」
兄様の言う通り、朝に見た街の飾り、お花のアーチが街灯に照らされているのが見えた。
でも、灯りは点いてるのに、異常なぐらい静かだね?
祭の夜といえば、お酒を飲んで酔っ払って大騒ぎのイメージなんだけど……。
そして、町に入ったぼくたちが見たのは、大人の人が道端どころか道の真ん中で、寝ている姿だった。
しかも、ひとりやふたりじゃない。
「なんだろ……、これ?」
「みんな、寝ているみたいね」
紫紺がひとりひとり、フンフンと匂いを嗅いで回る。
屋台は店じまいもしないでそのままだから、焼きすぎて焦げた肉や、注いだままの飲み物が散乱している。
お店も開いたままで、飾られたお花もしんなりしちゃった。
「大人ばかりね。子供は家で寝ているのかしら?」
そうならいいんだけど、と紫紺が声にしないで呟くから、ぼくには聞こえなかった。
ただ、兄様が鋭い視線をどこかに向けて、ぼくに尋ねる。
「レン。まだ、呼ぶ声は聞こえる?」
「う、うん。きこえる」
聞こえる……というか、この街に入ったら、すっごくハッキリ聞こえるようになった。
笛の音と歌声も。
「そう。紫紺、急ごう」
「ええ」
兄様はぼくがお屋敷で示した方向へ、寝ている人を避けて走りだす。
ぼくも、紫紺に結ばれたリボンをしっかりと掴んだ。
街の門どころか、領地の門を抜けてしまった。
そして、領地の門は刻限で閉めても常駐の門番がいるのに……ぐっすりと眠っていました。
夜の暗闇の中、兄様はぼくと紫紺から離れないように、慎重に前へと進む。
ここからは、夜行性の魔獣がいるかもしれないからだ。
そして、うっすらと前に見える人の列。
「やっぱり……。あの背の高さだとレンぐらいの子供か……」
そう、見えている人の形が随分と小さかったのだ。最初は魔獣の群れ?とビビッてしまった。
「……ちっ!」
「どうちたの?」
「なんでもないわ。こんな時に、例の視線を感じたのよ……、鬱陶しいわね」
白銀と紫紺だけが感じる視線だね?
他の人は感じないらしい。
父様もセバスさんも。
だから余計に気になるらしいけど、害は無いことは確信できるって……不思議だね。
「紫紺、ちょっと止まって。追いついてしまう」
兄様が、紫紺の首を手でポンポンと軽く叩く。
「先頭に笛を吹いてる人か、歌を歌ってる人は見えるかな?」
夜目がきく紫紺がじっと前を見たあと、頭を左右に振る。
チロがブーンと飛んで列に近づいて戻ってきた。
『いないわ。こども、だけ。ああ……ひゅーとおなじぐらいのこ、いた』
「僕と同じくらい?」
『じゅうじんよ』
「……アリスター?」
兄様と同じぐらいの獣人で思い出すのは、アリスターだ。
彼が居るのかな?でも、そうなると、悪い人の仲間だったのかな?
「ぼく、いく」
確かめたい。
アリスターが悪い人かどうか。
だって、昼間のアリスターはとっても優しかったし、ぼくにあんなこと言ったのは、ぼくを助けようとしたんでしょ?
「……うーん」
兄様は腕を組んで考えてしまった。たぶんぼくに危ないことをしてほしくないんだろうな……。
でも、兄様じゃ子供の列に紛れるのは無理だよね?
「はーっ、しょうがないわ。レンは変に意固地な所があるから……。その笛の音と歌声に、誘われたフリして混じりましょ。でも!ヒューも一緒によ!」
「どうやって?」
兄様は無理だよ?
「弟がフラフラと家を出たから、心配で後を追ってきたことにすればいいでしょ?頼んだわよヒュー」
「そうだね。そうしよう。チロは僕の髪の中に隠れていて」
『わかった』
「アタシは隠蔽の魔法で隠れて後ろを付いて行くから、心配しないで。奴らのアジトが分かれば、チロは白銀たちのところへ知らせに行ってね」
『ひゅーが、たのむなら』
ブ、ブレないな……チロってば。
紫紺が笑顔のまま、ピクピクと青筋をいっぱい立ててる気がする。
兄様はチロを優しく見つめて「お願いするね」と囁いた。
チロは顔を赤くして何度も頷く。
「ふーっ、とんだ妖精ね。白銀たちもギルたちを起こせたら、領門までは辿り着いているはずよ。行きましょ」
「あい」
ぼくは、兄様に紫紺の背中から降ろしてもらって、小走りでちょっとヨタヨタしながら、前に見える子供の列の後ろへと走って行く。
兄様はぼくの後ろを、そっとついてきてくれた。
紫紺は、煩わしい視線の方へ一瞥したあと、夜の闇に紛れるように消えた。